弁天猫の有難迷惑なご利益｜リアクション

弁天猫の有難迷惑なご利益

　　　４

　巧は言われるままに猫を抱いて撫でている。が、涙は一向に止まらない。
　前の学校で色々あったらしい、と美野梨も知っていた。もしかしたら、そのトラウマが再燃したのだろうか？
　感情的なものなら落ち着くまで待つしかないが、聴こえてくる音楽のせいなら、それを止めなければ意味がないだろう。
「神野さん？」
　いつの間にやら、ぶつぶつ呟いていたらしい。夏朝が心配そうに顔を覗き込んでくる。――猫のヒゲに笑いそうになるのを堪え、
「失礼。恵御納さんは、津止教頭のコスプレを覚えている？」
「もちろん」
　まだ弁天猫が見つかる前、あらゆる人物が弁財天のコスプレをする――否、させられる現象が起きたことがある。
「どこか共通点があると思わない？」
「確かに……聴こえてくる曲も、琵琶っぽいし」
　美野梨は眼鏡のブリッジを中指でくい、と上げた。
「たぶん神魂の影響ね。全員が同じ行動をとるわけではないから局地的なものだと思う」
「つまり、弁天猫の仕業？」
　美野梨は頷いた。
「取り敢えず、やめてもらうよう、話をしてみるけど……」
　美野梨と夏朝は、猫を抱いたままの巧を立ち上がらせた。一人にするのはよくないだろう。巧は素直に従い、三人は弁天猫の社へと向かった――その時だ。
　突然、商店街に音楽が鳴り響いた。
　二人は思わず顔を見合わせ、これが幻聴――弁天猫のそれ――ではないことを確認する。
「これ、どういうことだろう？」
「商店街のスピーカーじゃないかしら？」
　美野梨が眉を寄せながら答えた。セールや何かを知らせるためのスピーカーが、商店街には備え付けられている。
「誰かがそれを使ったってこと？」
「みんなに聴こえるってことは、多分」
　二人が話し合っていると、不意に手が伸びてきて、巧の腕を掴んだ。
「！？」
　ぐい、と引っ張られた拍子に、巧に抱かれた猫が飛び降り、逃げるように走り去った。
「一緒に踊ろ？」
　にっこり笑ったのは、瀬莉だった。

　弁天猫のスタンプを求めて商店街にやってきた瀬莉だったが、お参りする彼女の耳に、突如陽気な音楽が聴こえてきた。
　何が何だか分からない。分からないが、楽しくなってきたので踊ることにした。
　すると今度は横で、歌い出した少女がいた。まゆらだ。
「『魔法少女ミスティックアリア』だ……」
　瀬莉は嬉しくなって、一緒に歌った。まゆらは驚く風でもなく、手を差し出す。二人は両手を握り合い、くるくると踊った。
　驚いているのは、周囲の人間だった。寝子島ではおかしなことがたびたび起きる――と知ってはいても、走り出したり笑ったり、突然歌って踊り出す人間が目の前に現れて、冷静でいられるはずもない。皆、呆気に取られている。
　瀬莉はそんなことは気にならなかったが、この楽しい時間を共有できないのはもったいないと思った。
　どうやらこの音楽が聴こえない人々もいるらしい。なら、聴こえるようにすればいい。
　瀬莉は手近な店に飛び込んだ。そこで、みんなで楽しく踊りたいから、「魔法少女ミスティックアリア」の曲を流してほしいと頼んだ。
　おもちゃ屋だったのが幸いした。店主は快く頷き、商店街に掛け合ってくれた。
「魔法少女ミスティックアリア」がかかると、子供たちも一緒になって歌い始めた。

　――楽しい！　楽しい！！

　誰かが笑った。瀬莉も楽しい。
　みんなで笑いながら歌って踊っている最中、目の端に一人の少年が映った。
　彼は泣いていた。泣きながら、猫を抱いていた。
　瀬莉は駆け寄り、少年に声をかけた。
「一緒に踊ろ？」

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