バトラーは願いを叶えるか｜リアクション

バトラーは願いを叶えるか

　ヒュー・ヒューバートは、恋人の城山水樹と二人、シーサイドタウンを歩いていた。
　予定のない、気ままなデートだ。行動力のある彼女は、足が向くまま街を闊歩する。その後ろを、カメラを持ってついていく。
　自由な時の彼女は、最高の笑顔を見せる。シャッターチャンスを期待せずにはいられない。
「あ」
　不意に城山が声を上げた。
「どうしたの」
「これ」
　城山が示した先には、「一日執事体験」のポスターがあった。
　城山はきらりと目を輝かせた。
「ヒューの執事姿が見たいわ」
「……なるほど」
　城山のお望みとあっては、断る理由も無い。
「参りましょうか、お嬢さま」
　二人がホテル・モンテテルロへ足を向けるまで、そう時間はかからなかった。

―――

「……へぇ」
　鏡に映った執事姿の自分は、そう悪くなかった。
　被写体としても上々だろう。
「ヒュー」
　すぐに、自分を呼ぶ声がした。
　城山が支度を終えている。フリルが多めのメイド服だが、慣れたもので、見事に着こなしている。
　二人で並ぶと、歓声が沸いた。
「似合ってるわ、ヒュー」
「お嬢さまこそ。お似合いですよ」
　執事然として微笑んでみせる。だがすぐ、城山を研修に呼ぶ声がした。
「それじゃあ、また後でね」
　城山はひらりとスカートを翻し、歩いて行く。
　後ろ姿でも、城山はやはり絵になった。
（やっぱりカメラ、持ってきておくんだったな）
　少し勿体ないと感じてしまう。
　じき、自分の元へも執事がやってきた。
「ヒューさん、ではこちらへ」
　案内について行く。
　注意事項やマナーについて一通りのレクチャーが始まる。一般常識的なものもあれば、真新しい知識もあったが、理解はすぐにできた。
「飲み込みは問題ありませんね。実技についても、多少アラはありますが問題ないでしょう」
　と、指導役の執事がにこりと笑う。
　研修後は、グループで『燕尾倶楽部』に理解のあるパトロンの私邸を訪れ、その家の執事ないしメイドとして一日お仕えすることとなった。
　移動のバスで、城山が隣にやってくる。
「そっちの調子はどう？」
「ちょっと疲れたわ。でもまだ元気いっぱいよ」
　負けん気の強い城山のことだ。多少苦しい思いをしても、そう簡単に音を上げることはないんだろう。
「無理はしないようにね」
　案じる言葉に、城山は大丈夫と笑って見せた。

―――

　パトロンの私邸に到着する。品の良い着物に身を包んだ女性が、ヒューのかりそめのご主人となった。
「はじめまして。今日はよろしくね」
「ええ、こちらこそ」
　と答える背中に、視線がチクリと突き刺さる。振り向くと城山がムッと眉根を寄せていた。
　釈明しようとする前に、城山が執事長に呼ばれてしまう。
（心配しないでも、よそ見するつもりなんて無いのに）
　今日だって、奮闘する姿が自分に何度も元気をくれた。
　きっと、どれだけ想っているかまだ分かっていないんだろう。
　向こうへ去ろうとする城山を、呼び止めた。
「城山」
「何よ」
　ちょっとツンとした態度も可愛らしくて、少し笑顔になってしまう。
　城山の手を取って、その甲にキスを一つ落とした。
「貴女が、一番のご主人ですよ。お嬢さま」
　城山がかぁっと赤くなった。
「そんな、こと。言われなくたって……分かってるわ」
「本当に？」
「……分かっていても、言われると、嬉しいの」
　にこりと目を細めてみせる。
　コホン、と指南役の執事が咳払いをしてみせるまで、二人はじっと見つめ合っていた。

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