バトラーは願いを叶えるか｜リアクション

バトラーは願いを叶えるか

「まさか、メイドの格好する日がくるなんて」
　鏡を見て、ついポーズをとってみるのはモデルであり、「Sonora」イメージガールとしての性だ。
　本当は、彼氏の執事姿が見たかっただけだ。それが、メイド体験を勧められてこうなった。
「似合っていらっしゃいますよ」
　メイド姿の係員が、髪を結い上げながら楽しげに声を弾ませた。
「お顔立ちがはっきりしていらっしゃるから、髪を上げると一層映えますね」
「ありがとう」
　エプロンドレスに袖を通す。くるりと回ってみると、大きな動きに合わせてきれいに翻った。
（カメラ、）
　思わず、カメラを探して視線をさまよわせてしまう。
　いつも自分を捉えてくれるレンズは、しかし、今日ばかりは不在だった。
（そうよね。今頃ヒューだって、執事の格好に……）
　我に返る城山に、不意に声がかけられる。
「水樹」
　振り返ると、そこに立っていたのは眉目秀麗と呼ぶにふさわしい執事だった。
「え」
　思わず見とれてしまう。
「いかがですか。お嬢さま」
　ヒューだ。恋人のヒューが、こんなにも素敵な格好で現れた。
　黄色い声をあげそうになるのを、ぐっとこらえた。こんな静かで品の良い場所じゃなかったら、きっと大きな声を上げてしまっていただろう。
「似合ってるわ」
　と、何とか声のトーンを抑える。
　ヒューはくすりと笑って
「水樹も。どんな服でも着こなせるんだね」
　と微笑みを返した。その様子がもサマになっていて、いっそ憎らしい。
　赤くなっているのが気付かれないよう、軽く彼の胸を叩いた。

　そこまでは良かったのだ。

「……何もう、きっつ……！」
　ギブアップなんて言葉は口に出せない。
　だが、メイドの仕事は思っていた以上にハードだった。可憐で優雅なんてとんでもない。品の良い衣装の下には鉄の肉体と鋼の精神が宿っていたのだと気付かされる。
「城山さん」
　と、メイド長の声が飛ぶ。
「集中が切れていらっしゃいます。ほら、ここの拭き方が雑になってますわ」
　と廊下を指差され「はい」と返事をするものの、身体はもう限界だ。
　とても、彼氏の姿を思い出して胸を高鳴らせる……なんて余裕は無い。
　だが、音を上げるのも性に合わなかった。
　しっかりと雑巾を絞り直し、床を見据える。
　雑になったのは、木目へ注意を払わなかったせいだ。木目に沿って拭き上げるよう工夫していけば、床はきれいに磨かれるはずだ。
　隅々のほこりまで逃さず丁寧に仕事をする。大切なのは、仕事をする側としての視線を持つことでは無くて、この部屋でもし自分が暮らすのなら気になるポイントを見つけていくことだ。
「あら」
　ひたむきに働く城山を見て、メイド長が声をかけた。
「あなた、なかなか見所がございましてよ」
　指導したときとは違う、城山を褒める優しい声だ。
　城山はにっこりと笑顔を返した。
「お褒めいただき光栄ですわ」
　こんなに立派な館なら、掃除も隅々まで行き届いていなくては。
　そう考える城山は、すでに立派なメイドだった。

「お疲れ様」
　メイドを務めた館から帰る城山に、ヒューがにこやかに声をかけてきた。
「かなりきつかったんじゃない？」
「それはね？　だけど、得たものもあったわよ」
「それなら良かった」
「ヒューの執事姿をもっとじっくり見たかったのに、って気持ちはあるけど」
「ホテルで着替えるまでは、執事姿だよ」
「それはそうなんだけど……」
　少し不満げな城山に、ヒューは微笑みを返した。
「望んでくれるなら、いつでも水樹だけの執事になるよ」
「当たり前よ、私以外の人なんて相手にしちゃ嫌」
「もしかして嫉妬してくれた？」
「もう。想像にお任せするわ」
　とん、と胸を叩く城山の頬に、ヒューが一つ、キスを落とした。

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