☆サークル『ＥＭＩ』

「ごめんね～、流石に人が多い会場へはこの状態ではいけないから。今日はよろしくね」
　伊藤 恵美は、売り子をしてくれる友人にスマホで電話していました。
　子供の頃からアニメ好きで、母となった現在でも同人誌即売会で作家、コスプレイヤーとして参加しており、割とファンもいる恵美。
　アラフォーとは思えないほど若々しい童顔ですが、恵美のお腹には二人目の子供が宿っていました。
　それでも恵美はネコミケを楽しむことを諦めなかったのです。
　サークル「ＥＭＩ」ブースにはタブレットを置いてあり、ブースに来てくれた恵美のファンとテレビ電話ができるようにしてあります。
「今回の新刊は『ニャ神ちゃんドロップキック』本ね！　女子大生である『はすね』と、彼女が呼び出した『ニャ神ちゃん』、そしてその仲間の悪魔や天使達によるドタバタコメディーのあれね。勿論今回も内容は全年齢対象なのでお子様でも安心よ！」
　テレビ電話で恵美は、新刊について熱く語ります。
「でもニャ神ちゃんの普段の行動は子供達に悪影響ありそうですけど」
　テレビ電話の向こうのファンの子達の言葉に、恵美は笑います。
「パチンカスだからね～」
　どっと盛り上がるファンたち。
「まぁ、そういう場面も描いたけど、実は意外と女子力高いとか、友情に熱いとか、でもＡＴＭ（笑）からはお金引き出すとか余す事なくネタとして描いたから大丈夫！」
「何が大丈夫なんですか（笑）」
「……そうそう、実はうちの娘と姪っ子がコスプレするのよ。はすねとニャ神ちゃん、衣装は私が気合を入れて作ったからよろしくね」
　ファンの子たちから歓声が上がりました。
（本当は私が佳那ちゃんとコスプレしたかったけどしょうがないわね。ちゃんと写真は撮ってくれるよう美緒ちゃんに頼んだし）

「これが憧れのネコミケね！　うーん、燃える！」
　恵美の姪、寝子高１年の伊藤 美緒は、会場を見回し、ふんすと鼻息荒く気合いを入れました。
　ここはサークル「ＥＭＩ」のブース前。
「こんにちは、恵美の娘の佳奈です。今日はよろしくお願いします」
　母の友人に挨拶し、２年の伊藤 佳奈は売り子を始める準備をします。
（あたしも手伝いはこれで３度目だからもう大分慣れたかな）
　などと思っていましたが。
「何してるの！　ほら行くわよ！」
　美緒にいきなり腕を引っ張られ、気づけば更衣室に。
「えっ、なんで更衣室？」
「勿論コスプレに決まってるでしょ！　おば様が気合いを入れて作ったコスプレ衣装を装着よ！」
　美緒に衣装を押し付けられてしまいました。
「って、何この衣装！　あたしコスプレするとか聞いてないよ～」
　とブンブン頭を振って断るも。
「おば様の衣装を無駄にする気？　敵を前にして試合放棄するようなものよ！」
「えー、覚悟を決めてる試合ですら緊張するのに！」
　佳奈は剣道が好きで、練習では無双の強さですが、試合では緊張するのか今ひとつ実力を発揮できないのです。
　抵抗むなしく美緒に無理やり着替えさせられてしまいました。
　ゴスロリ衣装に何故か左目に眼帯。
　どうやら「ニャ神ちゃんドロップキック」というアニメの『はすね』というキャラの衣装らしいですが。
「でも服自体はまだまともでよかったけど……って、み、美緒ちゃん何そのカッコ！」
　素早く着替える美緒のほうを見た佳奈は、顔を赤くして問い詰めました。
「これ？　ニャ神ちゃんの衣装よ。上半身裸で下半身は蛇ってあれ」
「いやお母さんの技術が凄すぎて本物の上半身裸にしか見えないんだけど」
　ちなみに上半身は肌色の生地の服で、胸の先はウィッグとくっついてて絶対見えないようになっています。
「裸じゃないから恥ずかしくないもん！」
　美緒は胸を張って答えます。
「見てる方が恥ずかしいよ……」
　目をそらす佳奈の腕を、再び美緒は掴み。
「さ、会場行くよ！」
「えーっ……」
　コスプレしたからには人前に出るしかないのだろうな、とは思いつつ、緊張で顔がこわばる佳奈でした。

　とにかく嫌がっている佳奈を、美緒は無理やり会場へ引っ張って行きました。
「きゃーっ、ニャ神ちゃん！　はすね！」
　歓声が上がる中、美緒はノリノリで皆に愛想をふりまきます。
（おば様がコスプレイヤーとしても有名だけあって、サークルＥＭＩとして結構注目されてるみたい）
「この衣装でも美緒の身体能力を持ってすればドロップキックだって可能なんだから！」
　剣道の道場の娘で地元では敵無しの腕の美緒は、見事なドロップキックを披露し、ギャラリーから黄色い声が上がりました。
　そんな美緒を横目に、佳奈は顔を真っ赤にしてじっとしていました。
「ちょっと美緒ちゃん、はすねのキャラと違うわよ？　もっと元気に」
「……って言われてもあたしそのキャラ知らないし、無茶言わないで欲しいな～」
　じっとして動かない佳奈に、やれやれと思う美緒ですが。
　今にも泣きそうな顔をしている佳奈の姿を見て、
（流石に悪かったかな）
　と反省して、そっとしておくことにしました。
「でも一応写真は撮るわね」
「撮るんだ？！」
「はい、二人で並んだ写真もねー、ファビュラス！」

　やっと解放された後。
「もう、来年はお手伝いしないから！」
　佳奈は涙目になりながら怒るのでした。

　そのころ伊藤家では。
「うん、なかなかいいわね♪　ありがとう美緒ちゃん、この写真は永久保存版としてしっかり残しておくわ！」
　美緒から送られた写メを見ながら、恵美は満足そうに微笑みました。