家族がたり｜リアクション

家族がたり

●常識に縛られることのない両親の話でもしようか

　河島澪が普段通り男装して雪が降っている夜の街を歩いていると、桜栄あずさ理事長とばったり出会った。
「……理事長先生？」
　寝子高を卒業したので、もう学校の縛りはない。
　だから昔の話をしようか、と思い立ち、理事長をお茶に誘った。
「あずさ理事長、私に付き合ってくれませんか？」
　あなた、誰？　という顔をする理事長の反応を見て、予想通りだねと澪はクスリと笑う。
「私の名前を覚えてなくても無理はない。３年からの転校生だったし」
「寝子高の卒業生なのね。あなたみたいなイケメン、忘れないと思うのだけど」
「性別を隠さずに男装してたから、他の学校ならもっと目立ったろうが寝子高だしね」
　男装！？　ということは女！？　と理事長は驚いた。
「驚くことはないじゃないですか。寝子高は個性的な生徒が多いですし」
「それもそうね。今は私をナンパしているのかしら？」
「もう卒業したのだし、ナンパしてはいけない理由もないでしょう？　酒が飲める年ではないから、お茶なら付き合いますよ」
　お茶なら、と言ったのだが、結局、理事長に強引に連れて行かれるかたちでお酒を飲める静かなお店へ。

「あずささんのお話を聞きたいな。最近は楽しんでいますか？」
　学校という縛りがないので、理事長のことを名前で呼んでいる。
「私の話を聞きたいのなら、まずは、あなたの話をしてくれないかしら？　何でもいいわ」
　眼前に置かれていた水が入ったグラスを向けられ、澪は自分の家族のことを話すことになった。
「私の親の話で良ければ」
　差し出されたグラスを手にし、水を一口飲んでから両親のことを語り始めた。
「父は服装倒錯者で女装、母も男装していました。私は母似で、写真を見ると父は小柄で私より可愛かったですよ」
　まあ、裏社会の住人ってやつです、と聞いた途端、理事長の顔色が少し青くなったように見えた。
「裏社会の住人といっても水商売とは違うんですが。警察に追われるような。そんな感じですね」
「す、すごいご両親ね……」
　それしか言えない理事長だった。

　父親が事故で亡くなってからは、母親が1人で澪を育ててくれた。
　女らしく、などと言われずに育ったこともあり、父親が残した可愛いドレスではなく、母親の男装に憧れた。
　そういった環境で育ったこともありＣカップの胸にさらしを巻き、男装をしていることが多い。
「常識に縛られるなんて馬鹿馬鹿しいと言ってくれる母だったから、今も私は自由に生きてます」
「お母さんは寛容な方のようね。常識に縛られるなんて馬鹿馬鹿しい、というのは私も同じよ」
　外国人留学生の受け入れ、スポーツ推薦、その他本人のノリで問題児を入学させるなど、破天荒な学校運営を行っている理事長らしい意見だった。
　星ヶ丘に超高級寮を建設したり、気に入った若い教師に重要な役職を任せたりとまあ、好き勝手なことをしている理事長。
　男らしさ、女らしさといった性別の見た目に囚われることのない澪。
　理事長と自分は、似ているのかもしれない。
「あなたの話、面白かったわ」
　そう言ってワイングラスを手にしてクスリと微笑む理事長なら、自分のことを理解してくれるかもしれない。
　澪のその思いは、間違っていなかったようだ。
「寝子高が常識に囚われない生徒たちを育ててくれることを期待していますよ、あずささん」
「言われなくても、そうするつもりよ。今も、これからも」
　型にはまった教育なんて面白くないでしょ？　という理事長の意見に「その通りです」と同意する澪だった。

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