九夜山で紅葉狩り｜リアクション

九夜山で紅葉狩り

　１　

「マーガレットちゃんは、やっぱり他の人とは雰囲気が違いますね」
　マーガレット・ライカーと九夜山に来た南雲秋月は、上品に歩く同級生と話していた。イギリス人の彼女は貴族の出ということで、世が世ならお姫様だ。
「貴族らしくて凛としてます」
「もう、前にも言いましたけど、厳密には母が貴族の出身というだけで両親も私も貴族じゃないんですよ」
　銀髪の縦ロールを揺らしながら、マーガレットは少し頬を膨らませた。２人とも丁寧な話し方をするが、秋月には快活さがある一方、マーガレットには柔らかさがある。
「混じりっけなしの由緒正しい庶民出の私から見れば、十分高貴な出というやつです」
　秋月は悪戯っぽく笑い、冬の気配が近づく九夜山の木々を眺めていく。朱色に染まった葉はまだ十分に残っていたが、常にどこかでひらひらと舞い落ちてもいる。来週には、ここも随分と寒々しくなるかもしれない。
「あ！　やっぱりまだいましたね」
　何となく探していたものを見つけ、秋月は顔を明るくした。心が弾んで、声量が大きくなる。
「なんですか、秋月さん、急に大声を…　…」
「マーガレットちゃん、ほらほら、ジョロウグモですよ。卵もあります」
「クモ？」
　マーガレットは秋月が示す場所に目を遣った。確かに、枝の間に蜘蛛の巣が張っている。真ん中辺りには、黒と黄の縞がある蜘蛛がいた。秋月はその彼――マーガレットにはメスかオスか判らなかったが、古には女性も彼と呼んだらしいので――について説明してくれた。
「ジョロウグモの産卵はですね、だいたい１０月から１１月ぐらいにかけてです。
ジョロウグモの名前の由来は女郎だと言われていますけど、上臈という説もあるんですよ」
　生き生きと、秋月は眼前のジョロウグモについて話し続けている。にこにことそれを聞きながら、マーガレットは彼女と友人になった切欠を思い出した。

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　寝子島高校に入学してまだ日が浅かった頃、腐女子（一応秘密）のマーガレットは少々困っていた。
（蜘蛛を小説に出したいのですけど……）
　手掛けている小説に登場させたかったが、彼女は蜘蛛の習性や特徴を殆ど知らなかった。それこそ、糸を吐いて巣を作るくらいしか知識がない。
（そういえば……）
　友人達と話している秋月を見遣る。彼女は、自己紹介の時に『日本蜘蛛学会の会員です』と言ってクラスメイト達を困惑させていた。
「南雲さん」
　席を立って話しかけに行くと、秋月は振り返って「何？」と笑った。
「蜘蛛のことを知りたいんですけど……」
「蜘蛛！？」

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　その時の秋月の笑顔が、今の秋月の笑顔に重なる。
（秋月さん、本当に蜘蛛が好きなんですね。ただ、私は別に蜘蛛が好きなわけでは……）
　秋月はまだ、蜘蛛について喜々として語っている。少し困ったマーガレットは、とりあえず話題を変えることにした。
「落ち葉の下にも何かいないかなぁ」
「ところで、秋月さん、紅葉狩りがなぜ紅葉狩りと言われているかは、ご存じですか？」
　落ち葉を掻き分けようとしていた秋月は、中途半端な姿勢で動きを止めて背中を伸ばした。
「えっ？　……うーん、紅葉狩りは別に紅葉採らないですよね。言われてみると不思議」
　２人の歩く先では、５０代くらいの男性が「落ち葉を集めてくれー」と声を上げている。焼き芋の準備中だった。
「焼き芋を作るのに落ち葉を集めてくるからとか……絶対違いますよね」
　秋月は首を傾げている。本当に不思議そうだ。その上で、目は落ち葉の山の脇にあるさつまいもの箱に向けられている。
「もともとは平安時代の貴族が嗜みとして山野で獣を狩っていたのが、やがて獣を狩らずに風景を愛でる者があらわれ、それが紅葉を見る紅葉狩りの原型ではないかといわれています」
「はぁ、貴族の嗜みだったんですか。一つ賢くなりましたよ」
　とは言いつつ、秋月はぴんと来ていないようだ。
「他にも、紅葉した葉を手に取ってみるからという説もありますよ。焼き芋を作る為、ではないでしょうけど……焼き芋は確かに美味しいですしね。……考えたら、なんだか少しお腹が空いてきましたわ」
「私も何かお腹空いてきたなぁ。……じゃ、やる？　焼き芋」
　秋月の目は、蜘蛛の話をしている時のようにキラキラとしていた。
「もう風情楽しむとか微塵もないですけど、焼き芋に異議はないですし。それじゃ、一緒に落ち葉集めましょうか」
　まずは、落ち葉集めからだ。
「ちょっと紅葉狩っちゃいますか！」
　やる気満々で秋月は落ち葉を集め始め、マーガレットもそれに続いた。

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九夜山で紅葉狩り

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