花日和：向日葵とファミレス｜リアクション

花日和：向日葵とファミレス

　グルメパンダの入り口付近――。お客の邪魔にならないところで、兎沢柚乃がミニヒマワリの花を売っていた。グルメパンダから注文を受けたブーケを届けたところ、柚乃が出張花屋をやっているのを知った店長が「それならうちでも」と申し出たそうだ。
　売れ行きは好調である。自分が作ったブーケをどんな人が受け取ったのか確認できるのも嬉しかった。
　言嗣が久雨に渡した紫のカトレアのブーケも柚乃が作ったものである。カトレアの花言葉は「品格と美」だ。
「ブーケのお返しにヒマワリ、というのも素敵ですわね」
　カトレアのお礼にヒマワリを買って行った久雨の顔を思い出しながら、柚乃は微笑んだ。……ヒマワリの花言葉には「あなただけを見つめる」という意味もあるからだ。相手の男性はこの花言葉を知っているのだろうか？

　考え事にふけっていると、店から知った顔が出てきた。円とひびき、それとサイドテールがかわいらしい小柄な女の子である。
「柚乃ちゃーん！」
「よう、兎沢」
『こんにちは』
「こんにちは。円さん、ひびきさん。そちらのかたは初めまして。兎沢柚乃と申します」
　柚乃と海は簡単に自己紹介をすませる。海は初めて会う人ということもあってか、円とひびきの横で静かに話を聞いていた。
「柚乃ちゃん。はい、これ。もうすぐ島を離れるって聞いて、柚乃ちゃんの門出に頼んでいたんだ」
「あ……！」
　円に渡されたトルコギキョウのブーケ。こちらも柚乃が作ったブーケである。引っ越すお友達に向けての花とは聞いていたが、まさか自分のことだとは思わなかった。
「きれいなお花だよね。この花の花言葉ってなんていうのかな」
「……トルコギキョウの花言葉は『楽しい語らい』ですの。ありがとう、円さん。大事にしますね」
　柚乃はピンクのブーケを受け取ると、にこりと微笑んだ。
「なあ、兎沢。その会社行くのって、早くしないとダメなのか？」
　ひびきが控えめに尋ねた。
　やりたいことがあるなら、祝ってやるのがきっと正しい。夢を目指せる環境が整ってるのはいいことだ。……ただ、やっぱり寂しいってのはある。
「……何言ってんだって感じだけどさ。もし遅れさせることが出来るなら、あたしはそうしてほしいって思ってる」
「ボクも柚乃ちゃんがいなくなると寂しいな。柚乃ちゃんと友達になってから、花に興味を持てたり知識が増えたりしたんだよね」
「……」
　円とひびきの温かい言葉を受けて、思わず柚乃はうつむいた。柚乃にとっても、ふたりは大事な友達だった。同じ高校に行こうかと思い、行く方法も調べていたのだが――。
「もしかしたら、ボク達と出会えて、柚乃ちゃんにも何か価値観が増えたかもしれない。ちょっと苦しいけど、学校に行くって事は、価値観を増やして、目線を増やすって、新しい可能性を見つける意味で無駄ではないかも」
「……そう、ですね。今は、私も円さんと同じ意見ですの。驚きました。まさか、自分がそんな風に思う日が来るなんて」
「じゃあ……！」
　パッと顔を明るくさせる円に、柚乃はごめんなさいと申し訳なさそうに微笑んだ。
「事情があって……やっぱり祖母のところに行こうと思います。でもあの！　その事情って言うのは今は話せないのですけど、皆さんが卒業するころ……私が自分のしていることに胸を張れるようになったら、理由を聞いてほしいですの」
　珍しくしどろもどろになる柚乃。そんな彼女を見て、円は何かを察してくれたようだ。
「そっか。残念だけど……いつか、理由を教えてくれる日を楽しみにしているよ。約束だからねっ」
　そう言って、右手の小指を出す。柚乃も笑って小指を絡めた。メールも電話番号も交換している。その気になれば、きっといつでも会えるはず。