寝子島と星幽塔、つながる世界｜リアクション

寝子島と星幽塔、つながる世界

●ティオレと森を彷徨う子供達
【星幽塔】
　ティオレ・ユリウェイスの稼業は盗賊だ。
　今は休業中であるが、いずれ復帰するつもりなので、必要とあればすぐ動けるように日頃から身体を鍛えておく必要がある。
　だから、その日もティオレは城下町から少し離れた森にトレーニングにやってきていた。
（……今日はこんなものかしらね）
　それは、ティオレがその日のトレーニングを切り上げようと思った、まさにその瞬間のことだった。
「……え？　子供の声？」
　ティオレが呟くように言った。
　確かに聞こえた。
　子供の声。少年と少女。まだ幼い。
　ティオレは気配を消しつつ、声のした方を探った。
　そこには、確かに子供が二人いた。
　背格好から、塔の外からやってきた子供ということは容易に想像がついた。
　野獣の対処も知らない小さな子供を二人、こんなところに放っておいたらどうなるか、ということも。
（ちっ……。なんで、私が……）
　小さく舌打ちしつつ、ティオレは子供達を見捨てるような真似はしなかった。
　脅かさないようにゆっくりと歩きながら、子供達の前に姿を見せる。
「え？　おねーさん、誰？　こ、ここどこ？」
　少年の方、二宮風太は最初はおどおどしていたが、ティオレが悪人ではないらしいことに気づくと急に泣きそうな顔でそんなことを聞いてきた。
「……ここは城下町近くの森の中だよ。あんたたちみたいな子供が来るところじゃない。わかったら、さっさとおうちに帰りな」
　ティオレがぶっきらぼうにそう言うと、風太は余計に泣きそうになり
「……帰り道、わかんないんだけど」
　と、少女の方――桃井かんなが大人ぶった口調で言った。
「……わかったわよ。街まで案内してあげるから、ついてきな。はぐれるんじゃないわよ」
　ため息交じりにそう言うと、風太とかんなの表情にぱぁっと明るさが戻った。
「ありがとう！　おねーちゃん！」
「あんた、さっきまで泣きそうだったのに、単純すぎ」
「だ、だって、怖かったんだもん」
　言い合う子供達を見ていると、ティオレはなんだか吹き出しそうになる。
（……最初は面倒くさいだけだったけど、まあ、トレーニングも終わった後だったし、たまにはいいか）
　そう思ったときだった。
　ガサリ、と音を立てて、二匹の狼が三人の前に現れた。
「ひゃ……お、大きな犬……」
「……お、狼、だって……ていうか、二宮、あんたなんで私の後ろに隠れようとするのっ……」
　混乱する二人をかばうように、ティオレは武器を構えて前へ出た。
「二人とも、私のそばを離れるんじゃないわよ」
　視線は狼から離さずに、子供達にそう言い聞かせる。
　と、次の瞬間、一匹がティオレにとびかかってくる。
「わああああああ！？」
「伏せなさい！」
　片手でなかば無理やり頭を押さえつけるように風太を伏せさせながら、もう片方の手で煙玉のピンを抜く。
「目を閉じて、息止めて！」
　ぴしゃりと言ったティオレの言葉に子供達が従うのと、煙玉が破裂するのはほぼ同時だった。
『『!?!?』』
　煙玉は強烈な臭いを放つ、対獣人用の煙玉だった。盗賊稼業で使うとっておきだったが、やむをえなかった。塔の外の平和な世界で暮らす幼い子供の前で、狼を血まみれの肉塊に変える様子を見せるのは躊躇われたからだ。
「ほら、走るよ！」
　言って、ティオレは二人をほとんど抱えるようにして森の外まで走った。
（やれやれ。とっておきの煙玉は使っちまうし、今日はとんだ災難だよ……）
　心の中でボヤきつつ、ティオレは街へ届けるまで決して子供達を見捨てることはなかった。

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