【寝子祭2nd】メイド喫茶で秘密の時間を｜リアクション

【寝子祭2nd】メイド喫茶で秘密の時間を

「あ……ただいまっ！」
　反射的に口にしてから、しまったと碧南は我に返った。
　なにアホな返事してるんだ――恥ずかしい！
　だがその結論を告げるより先に、
「神野さん？」
　碧南はメイドさんが、以前雪合戦で一緒したことのある神野美野梨だと認識したのだった。

「羽生さん」
　照れ笑いとともに美野梨は返した。思わず早口で言う。
「ええと、メイド喫茶ではお客様に、自宅にいらうようにくつろいでいただくために、『いらっしゃいませ』ではなく『お帰りなさいませ』というのが定番のあいさつで……」
「いいのいいの、わかってるから」
　にっこりと碧南は言った。
　ここはメイド喫茶のようだ。シチュエーションを楽しむ、というメイド喫茶のコンセプトについては理解しているつもりだ。非現実のイマジネーションを楽しむ、という遊びについては、碧南も（大きな声では言わないが）日常的に楽しんでいるのだから。
「ええ、では席に案内するわ、じゃなくてお席にご案内します。ごめんなさい、接客業はあまり得意じゃなくて」
「お願いね」
　さっそく、『お嬢様』になりきった口調で返す。
　けれども碧南が驚くのはここからだった。
「え……なにセレブ感満載なこの空間は？」
　絶句してしまう。店内は、寝子高の教室とは思えないほどのアレンジがなされていたからだ。シャンデリア、ペルシャ絨毯、煉瓦の壁……あらゆるものが規格外、貴族のお屋敷に迷い込んだ気分だ。
「こちらお品書きになります」
　と美野梨メイドさんが差し出してくれたメニューすら、フェルト張りの立派な冊子だった。
　ソファ調、実は通常の椅子に革張りをほどこしたものに腰を下ろしてしばし、碧南は呆けたようにまばたきをくりかえしていた。

◇　◇　◇

　いくらか落ち着いてきたので、案内された椅子に背を預け、まゆらは周囲の様子を観察する。
　何人か、客が来ている。
　入るまでぺちゃくちゃしゃべっていたカップルが、案内されるや居ずまいを正して座ったのが面白かった。逆に、こんな雰囲気がほしかった、とばかりにくつろいでいる初老の紳士もあった。よく見ると紳士は校長である。
　いまひとり座った女の子――なんだか見覚えがある。去年、それに今年のミスコンで見かけたような――も、純英国風のたたずまいに圧倒されている様子だ。
　まゆらは深呼吸した。せっかくだしこの雰囲気を楽しもう、と思い直す。それに勉強にもなるだろうし。
　なぜって先日まゆらが、寝子島アニメーション学院の声優科選抜にて出演が決まったアニメ作品『春の音を奏でるのは君』の舞台もカフェだからだ。カフェの感覚を身に刻んでおくには、いい機会ではなかろうか。
　といってもまゆらの役は、ノンクレジットの『その他大勢』すなわちモブで、そもそもあの作品にはメイドさんは出ないのであるが、この経験は決して無駄にはなるまいと信じている。
　千里の道も一歩から、いつこの経験が役立つかわからないだろう。すでにまゆらは渡された台本を、すりきれるほど読み返していた。自分が出ない場面であろうと、自分が主演女優であるかのように。
　そう思ったおかげか落ち着いて、まゆらは空腹も覚えていた。
　まるでアニメの登場人物のような、あざやかなプラチナブロンドのメイドさんに声をかける。
「ではカレーライスと、紅茶……ベルガモットハーブティーをお願いします」
「かしこまりました」
　楚々と下がるとマーガレットはうなずいて、
　案外私もメイドらしくふるまえるものですわね――。
　と、はずむような気持ちで厨房に向かった。

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