そろそろ、冬支度。｜リアクション

そろそろ、冬支度。

　　　１

「コート、カーディガン、厚手の長袖シャツ、厚手のストッキング、ハイソックス、マフラー、手袋、帽子、ベスト、ジャンパー……」
　寝子島シーサイドタウン駅を降りたアカリ・ゴールディングは、人の流れに逆らわないよう歩いた。
　手元のメモにずらり並んだ文字に、アカリはため息をつく。
　来日して間もないアカリにとって、日本の冬は初体験だ。――いや、以前、夏にも関わらず冬が来るという異常気象があったが、とにかく暦の上での冬は初めてである。
　その異常気象にも、敢えて探すならメリットがあった。
「日本の冬を侮ってはなりまセーン」
という教訓を得られたからだ。
　来日に当たって、冬物をほとんど家に置いてきたのは選択ミスだった、と今更にして思う。荷物を減らすためだったとはいえ、セーター一枚というのは、さすがに少なすぎる。
　そこで、必要そうな物をピックアップしたのだが――その量に、うんざりしてしまった。
　仕送りがあるとはいえ、全て購入したのでは、今月は大赤字だろうと頭を悩ませているときに聞きつけたのが、シーサイドアウトレットの大セールである。
「……しっかり冬支度しないとアカリは異国の地で凍死するかもデース。まだ一カ月も暮らしてないのに死にたくないデース」
「冬物ファッション大セール中。最大９０％ＯＦＦ！」
と書かれた横断幕を見上げ、アカリはモールの入り口を潜った。

　駅からモールへ向かっていた北里雅樹は、目の前をてくてく歩く少年に目を止めた。
　あの頼りない後ろ姿は、紛れもなく、
「東門？」
　呼ばれた東門巧は足を止めると、きょときょとと周囲を見回している。
「こっちだこっち。後ろ」
「――あ、北里先輩」
　巧は雅樹の姿を認め、どうしようかと逡巡した後、近寄ってきた。喜んで、という風でないのは、関わるたびに叱ったり怒鳴ったりしているのだから仕方ないかと苦笑する。
「お前も、セールか？」
　巧はフードのついたパーカーに、チノパンツを穿いている。両手をパーカーのポケットに突っ込んでいるのは、少し寒いからだろう。背中も自然と丸くなっている。空気は確実に、冬へと近づいていた。
「先輩も？」
「まあ、アウターをな」
　雅樹は身に着けているジャケットの襟を引っ張った。さすがに長年着てきたジャンパー類が、どれも草臥れてきている。ある程度は重ね着で済ませるにしても、今の時期と真冬用、二着は必要だろう。
「それにしても、九十パーセントオフなんてスゴイですよねえ。九十ですよ、九割り引き。お店、潰れちゃわないかな？」
　横断幕を見上げながら、巧は首を傾げた。傾げたまま歩いたので、首がぐるりと真後ろを向く。
「問題。アウトレットの意味は何でしょうか？」
「え？」
　突然の質問に、巧はしどろもどろになりながら、
「えーとえーと、ち、中古品？」
「外れ。感情のはけ口、表現方法、販路、製造直販店。転じて『余った商品を大量に仕入れて安く売る商品』もしくは『正規品では売れないので、メーカーが直接販売する商品』とか。つまり、去年や一昨年の売れ残りや、ちょっとした傷がついてたり、日に焼けてたりする商品だな」
「へー」
「当然、流行からは遅れまくってるが、安いんだから俺的には全く問題はない」
「僕もです！」
　巧は珍しく、きっぱりと力強く頷いた。
「お前は何を買うんだ？」
「えーと、パーカーとジャンパーですかね。あと、ダウンジャケット欲しいです。軽くて黒いの」
「俺も似たようなもんだな」
「じゃあ、一緒に――」
と言いかけた巧が、立ち止まった。
「……もしかして、待ち合わせとかしてました？　僕、お邪魔ですかね？」
　何を言ってるんだ、と巧の視線の先を見た雅樹も硬直した。
　イヤホンを耳に差した椎井莉鳥がそこに立っていた。

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