そろそろ、冬支度。｜リアクション

そろそろ、冬支度。

　　　４

「あんまり、いい色ないわね……いっそ、レディースにしてみる？」
　男物の売り場を眺めながら、莉鳥は言った。自分用に確認してあるから、何がどこにあるか大体の見当がつく。巧は小柄な方だから、サイズは大丈夫だろう、と彼女は考えた。
　はあ、まあ、と答えた巧の手を引っ張り、莉鳥はレディース売り場へ向かう。巧は引っ張られながら、ちらちらと彼女の顔を見上げた。
「……何？」
　視線を感じ、莉鳥は問うた。
「……いえ。何でもないです」
　雅樹が拒否した質問に、莉鳥が答えてくれるとは思えない。巧は黙って、ついていった。
「ダウンジャケットは、黒がいいんだっけ？」
「です」
「うーん……でも、黒って割と早く売れちゃうしね……」
　コーディネイトが楽な分、黒は需要が高い。巧も同じ理由から選んでいるが、見たところ、売り場に黒はなさそうだった。
「いっそ、この辺は？」
と、莉鳥が指さしたのは、目の覚めるようなオレンジである。
「いやいやいや！？　僕にこれ着ろと！？」
　オレンジ色のダウンジャケットを着た自分を想像し、巧はかぶりを振った。あまりにも目立ちすぎる。それに似合わない。
「せめて紺とか！」
「紺も売り切れ」
「茶色とか！」
「ないわね」
「……もっと地味な色、ないんですか？」
「ちょっと来るのが遅かったわね」
　何しろ最大九十パーセントオフである。人気商品は午前中にあらかた売れてしまう。巧はがっくりと肩を落とした。
「……いいです。来年、また来ます。今年は今までのでいいです」
「待った待った」
　帰ろうとする巧の腕を引っ張り、莉鳥は黒のパーカーを胸に押し付けた。
「合わせてみて」
　巧は渋々、パーカーを胸に当て、肩からオレンジのジャケットを羽織った。
「……お？」
「前を閉めてもパーカーのフードがアクセントになるでしょ？」
「確かに」
　それほどおかしくはない、と思う。いや、これはアリなのでは？
　鏡を覗きながら、ふむふむと巧は頷いた。パーカーをハンガーにかけたまま、その上からジャケットをかけても、莉鳥が言うように様になっていた。
　――たまには、冒険してみてもいいかもしれない。
「じゃ、これ買います」
　外に出るのは好きではない。買い物なんて、ネットですませればいい。だが、ネット以上に安くいい物を手に入れられるのは、妙な達成感があった。
「――じゃ、次、私に付き合ってね」
「ええ、まあ。別に構いませんけど」
　別に一人でも問題ない。買い物の量は少ないし、どこに何があるかは確認済みだ。
　ただ、独りではいたくない。
　何となく。
　莉鳥にとって、今日はそんな日だった。

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