Another World Story｜リアクション

Another World Story

★黒衣の死神少女（滝原レオン）

「ひ、ひいっ……！」
　暗闇に、男の声が跳ねる。
　後ずさる、後ずさる。
　もう一歩後ずさって……背中が、壁にどんっ、とぶつかった。
「あ……、」
　男の揺れる眼差しが、闇の中に光る緑の瞳を捉える。
　その緑が、柔らかく笑んだ。

「やっと、諦めてくれたの？」
　男の濁った、怖れに凍る目が映すのは、麗しき黒衣の少女。
　銀の髪が、さらりと揺れる。
　黒いヴェールはふわりと風を含み、真っ赤な薔薇の花弁がはらりと散った。
　少女の口元に、愛らしい笑みが浮かぶ。
「嬉しいわ。遂にあなたを……」
　――この世界から消すことができる。
　赤薔薇が彩る大鎌が、男を、その悲鳴ごと刈り取った。

※

　翌日、街は、常以上の賑わいに包まれていた。
　学校の教室だって、いつもよりも数段ガヤガヤとしている。
「なあ、レオン。もう、あの噂聞いたかよ？」
「……噂って、何の話だよ」
　席に着くや、レオンは、浮足立った調子の友人にそう声をかけられた。
　レオンの視線を受けた友人が、大袈裟に肩を竦める。
「おいおいレオン、そんな睨むなって～！」
「睨んでねえよ。元々こういう目つきだ」
「まあ、そんな話は置いといて、」
「いや、お前が始めた話だろうが」
「とにかく、『黒衣の花嫁』だよ！　レオン！」
　ぐいっ、と身を乗り出す友人。同じ分だけ身を引くレオン。
　レオンは、はああ、と大きく息を吐いた。
「『黒衣の花嫁』って、あの、都市伝説のか？　……馬鹿らしい」
「いやいや、馬鹿らしくないって！　だって現にさぁ……」
　友人の熱っぽい語りを、レオンは適当に聞き流した。
　『黒衣の花嫁』については、彼の話を聞くまでもなくレオンもよく知っている。
（都市伝説『黒衣の花嫁』……またの名を、『死神』）
　漆黒のドレスとヴェールを身に纏った少女……の姿をしたその怪異は、世に害を成す他の都市伝説を狩る。
　それ以外のことを、街の人間は誰も知らない。
　……そう、レオン以外は。

※

　そしてまた、街に夜が訪れる。
『怜！　今日もバッチリ悪い奴をやっつけたね！』
　中空にふわふわと浮かぶ猫のぬいぐるみを、怜と呼ばれた少女――『黒衣の花嫁』はじろりと睨んだ。
『怜、その表情は良くない！　可愛い顔が台無しだよ！』
「うるせえ！　２日連続で『仕事』なんて、聞いてねえぞ！」
『仕方ないでしょ。君は、“都市伝説『黒衣の花嫁』になってしまった”んだから』
　はああ、と怜は、都市伝説に選ばれてしまった少女はため息を吐く。
　……否。
　怜は、正確には少女ではない。
　怜はその本名を、『滝原レオン』と言う。

※

　切欠は、ほんの些細なことだった。
　人の子の命を喰らうフードの男の都市伝説。
　そういう類の話は苦手だと言っているのに、興味本位の友人に、怪異探しに付き合わされた。
　そして。
「う、うわああああっ！？」
　レオン達は、本物の怪異に遭遇したのだ。
　目前に、フードの男に命を喰われて、ミイラのように干乾びた友人の死体が転がる。
　レオン、逃げろ！　と最期に彼は言ったのに、その場にへたり込んだまま、レオンは動くことができない。
　フードの男の赤い目が、ゆらり、レオンを捉える。
　その時、レオンは声を聞いた。
　――僕に、力を貸して。
　――そうしたら、君も、君の友達の命も助けてあげる。

※

『あの時君は、僕の言葉を受け入れた。だからここに怜が、都市伝説『黒衣の花嫁』がいる』
　そうでしょ？　と猫のぬいぐるみが首を傾げる。
「……まあ、な」
　声は、嘘をつかなかった。
　レオンは新たな都市伝説となり、悪しき同胞を狩る怪異となったが、
（あいつは助かったし、俺もわけのわからねえ目には遭ってるが、とりあえず生きてる）
　調子のいい友人の、屈託のない笑顔を思う。
　一度は命を落とした彼が、その最期の時に力を振り絞って、レオンを守ろうとしたことを思う。
　頭を飾る赤薔薇が、風を、緩やかに纏った。
『……それでね、怜。今日はもう一匹、狩ってほしい都市伝説がいるんだけど……』
「……いいぜ。やってやる」
『そうは言うけど、怜、君は……って、ええっ！？　やってくれるの！？』
「ああ、二言はねえよ」
　大鎌の刃が、月明かりに、鈍く煌めく。
　レオンは既に、その表情を、都市伝説『黒衣の花嫁』のそれに変えていた。
「行きましょう。人の子に害成す都市伝説を狩る。それが、私の役目だものね」
　――今宵も街に、真っ赤な薔薇が、静かに舞う。

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