悪魔のささやき｜リアクション

悪魔のささやき

●悪魔の困惑

　エレノア・エインズワースは寝子島シーサイドアウトレットを訪れていた。
　色々な店が並ぶ通り道を進みながら、とある雑貨屋に足を踏み入れた。そこに置かれた食器や置物はを眺めていると、ふと気になったカップを手に取った。なかなかしゃれたデザインの代物だった。すると耳元で何者かが声をかけてきた。

「ここなら死角だし、盗んじゃおうよ」

　目線だけ走らせると、そこには犬の赤ん坊に似た存在が居た。しかし大きさだけでなく、角や羽、尻尾が生えている。その外見から悪魔の類だろうとエレノアは感じ取った。
　耳元の存在が悪魔だと思った瞬間、驚いたフリをしてカップを落とした。床に落ちるとカップはパリンと甲高い音を立てて割れた。すぐさま店員がかけつける。

「お怪我はありませんか！？」
「大丈夫です。ごめんなさいね、手が滑って」

　慌てふためく店員とは逆にエレノアは落ち着いていた。

「割ってしまったカップは弁償します。あと、このカップをもう１つ買います」

　店員は何度も頭を下げながら、箒とちりとりを取りにいちど戻った。その隙に割れた破片を素早く左ポケットに入れると、悪魔に向かって微笑んだ。帰ってきた店員が破片を片付けると、エレノアは弁償分と購入分の会計を済ませた。
　雑貨屋を出ると今度は食料品店に入る。店内には缶詰からお菓子まで色々揃っていた。その中から何種類かお菓子を買うと店を出る。
　適当なお菓子を悪魔に与えながら、自宅へ向かう。悪魔は度々エレノアを唆そうとささやいて来る。彼女はそれに生返事をしながら血が出るまで左手にある破片を握り締めていた。彼女なりの支配に対する抵抗である。
　自宅に着くと、悪魔を部屋に招きいれた。右手だけで冷蔵庫からお茶のボトルを取り出すとカップに入れて飲む。冷えたお茶が体に染みるのを感じながら、やがてカップは空になった。
　そのカップをしばらく眺め、突然握り締めて壁に思い切り投げつける。勢いよく当たったカップは雑貨屋で見たよりも派手に砕け散った。そして直後に悪魔も同じように掴んで壁に向けて投げた。割れることはなかったが、バシンと壁に当たった音が響く。

「これは芸術じゃないんだよ！　分かるかなあ！？　あはは！」

　悪魔は自分がされたことに理解が追いついていない。痛みは大したことはないが、エレノアの存在に戦慄している。

「……なに黙ってんだよ、人のジョークは笑わなきゃダメだって親に教わらなかったか？」
「ああ悪魔っぽいですね貴方……じゃあ引っ掴んで！　カップみたいにぶん投げてもOKだ！　悪魔退治だもんね！　あはは！」

　悪魔は怯えながらも防衛しようと構えを取る。今にも泣き出しそうな顔である。するとエレノアは迷いもなく左手の破片を取り出して、その顔めがけて切りかかる。
　悪魔はとっさに避けた。けれど、その顔にはエレノアの手から零れる血が飛んでいた。

「欲しいか悪魔の血の契約が？　ほら左手を見ろよ！　準備万端ってわけだ！　あはは！」

　開かれた掌は血で赤く染まっている。その瞳が何を見ているのか。悪魔には想像もできなかった。
　なおも攻撃をやめないエレノア。必死に回避する悪魔。
　そして悪魔はついに怖さの頂点に達して、泣きながら部屋から逃げ出した。

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