悪魔のささやき｜リアクション

悪魔のささやき

●衝動

　虚栄心が散歩をしていると、どこかで人々が騒いでいるのが聞こえた。声のほうに向かうと目の前には燃え盛るビル。ビルに残された人々を助けようと消防隊員や救急隊員が懸命に活動を行っている。また消防車をはじめ、前線の隊員たちによる消火活動で鎮火を試みている。
　そして、その周囲に野次馬たちが好奇心で集まっているようだ。

（ビル火災……）

　心は何をするでもなく、その場に立ち尽くして炎を眺めている。視線の先は惨事なのだが、どこか他人事に感じられた。

「野次馬を突き飛ばしちゃおうよ。１人くらいバレないって」

　突然声を掛けられて、バッとその方向に振り向く。そこにはトラの赤ん坊に似た姿の生物が居た。しかし角や羽などが生えており、心は悪魔という単語がよぎった。

「だめだめ！　そんなことしたら捕まるでしょ！」

　悪魔の言葉に流された後のことを考えるとメリットがない。しかし何度も言われるうちに、だんだんと１人くらいなら倒してもいいのではと思い始める。

（それに１人倒れたら、何人か勝手に転ぶかも……）

「よーし……お前はただの人間だ！」

　唆された心は近くにいた野次馬の１人にろっこん『人間惨禍』を発動する。その人物は急に力が入らなくなって、よろけた拍子に野次馬の波に倒れこむ。突然の流れに耐え切れず、何人かが巻き込まれる形で倒れた。とはいえ外側に居た野次馬だけで、現場に影響するほどではない。

「あははっ！　１人が転んだら将棋倒しになったわ！　確かに気持ち良いわね」

　悪魔も楽しそうに笑っている。
　しかし、心はこれをきっかけに悪魔とは無関係にリミッターが外れたような行動に出る。

（今度はけが人を運んでいる救急隊員を邪魔してやるわ！）
「お前はただの人間だ！」

　指を差された隊員は力が抜けていくのを感じながら、どうにか怪我人を庇うように地面へ横たわる。すぐに他の隊員がサポートに入り、怪我人と救急隊員が運ばれていく。この行動に悪魔が慌てた様子で心に話しかける。

「待って待って！　人が死んじゃう！」
「えっ？　死人が出るからやめろっていうの？　別にいいじゃないの」
「よくないよ！」
「私が優越感を得られるなら、それでいいの！　お次は消防隊員よ！」

　今度は消火活動にあたる消防隊員めがけて『人間惨禍』を発動する。力が抜けながらもホースをしっかり握ろうとしている。

「ほんとにやめて！　火が止まらないよ！」
「延焼したって別にいいじゃない。私の自尊心が満たされるなら、建物の１つや２つ焼けたって」

　悪魔は心の言葉が信じられないといった表情を浮かべる。
　一方心は視線をビルの上に向けると、そこの高層階に煙から逃れようと窓から身を乗り出している人がいた。

（『人間惨禍』を食らわせてやれば落ちて死ぬかも……）

　心はまるで狙いを定めるように腕を掲げる。

「お前はただの……むぐっ！？」

　その行動を止めたのは悪魔だった。
　これ以上被害が広がらないように阻止を試みる。心の口を無理やり閉じて、宣言ができないようにしている。２人の攻防が行われている間に救助活動と消火活動は着実に進んでいく。そしてビルの火はようやく完全に鎮火した。
　野次馬たちも去っていき、一時的な日常がそこには戻っていた。心も野次馬に紛れるように火災現場から去っていき、悪魔も姿を消した。

　後日。
　この事故はニュースで取り上げられた。隊員たちの救命活動により死者は１人もいなかった。怪我を負った人々もみな軽傷で、順調に回復しているという。

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