悪魔のささやき｜リアクション

悪魔のささやき

●危機回避

　とある日の朝。
　真境名アリサは着替えを済ませると、寝子島アウトレットへ向かう為に家を出る。今日は平日だが、職場である「ジュエル」は代休のため、のんびり買い物をしようと考えた。

（たまにはこういう平日もいいわね）

　しばらく歩くと目的地に到着した。休日ほど人は多くないが、それなりに賑わっているようだ。いくつか店を回ってみて、気に入ったものがあれば買おうと考えていた。しかしこれといったものが見当たらない。どの品も悪くはないが『これだ！』と思えるものにめぐり合わない。

（なかなか見つからないものね……）

　やれやれと思っていると、ふと空腹を覚えた。スマホを取り出して時間を確認すると昼の１２時半。ここに来てからずっと歩きっぱなしだったのもあって、しっかり食べたいところ。

（何か食べに行こうかな……でも仕事柄あんまりカロリーの高いものは……うーん……）

　食べたい気持ちとそれを抑える気持ちがせめぎあう。
　そんな葛藤を抱えながら歩いていたら、ちょうど通りかかった靴屋に飾られたブーツに目が留まった。冬物で色合いやデザインなど、なかなか良い感じの代物だ。

（うわ、滅茶苦茶ほしいんですけどこれ！）

　だが値段はそれなりに高い。しかも『現品限り』の札が掛けられている。アウトレットでこの値段ということは、通常販売ならさらに高いだろう。

（お値打ち品なのは間違いなくて……それでも高い……。あぁでも最後の一足なのよね……）

　思考が堂々巡りする。そのとき、どこからか囁く声が聞こえた。

「店員は店の奥に引っ込んでるし、他の客もいない。そのまま持っていこうよ♪」
「え？」

　パッと振り返るとそこには猫の赤ん坊がいた。
　しかし角や羽、尻尾が生えており、普通の猫ではないとアリサは直感的に思った。

（何言ってんの？　それって万引きしろってこと？　冗談じゃない、そんなことしたら人生終了よっ！）

　しかし悪魔は囁き続ける。
　そのせいだろうか、アリサは目の前のブーツがさっき以上に欲しくて仕方がない。油断したら本当に行動を起こしかねない。だからといって、ここで人生を終了させるわけにはいかない。靴屋の前で立ちつくしながら必死に誘惑に抗う。

「あれ、アリサちゃん？　奇遇だね、今日お店はお休みかい？」

　そんな彼女に声をかける人物が現れた。彼はゆっくりアリサに近づいてくる。

（この人、いつも店に来てる常連さんだ……そうだ！）

「そうなんですよ、なにかいいもの無いかな～と思って」

　そう言いながら、目の前のブーツに視線を送る。男性はその視線に気づいたようで、ブーツを確認する。

「もしかして、これ？」
「あ、分かります？」
「まぁね」
「どうしても欲しくて……」
「うーん……」

　男性は値札を見ながら少し考えて、口を開いた。

「しょうがないな、僕が買ってあげる」
「ほんとですか！？　ありがとうございます～！」

　アリサの様子に男性も満足そうに頬を緩ませる。男性は会計を済ませると、またお店に遊びに行くよと言い残して去っていった。気づけば悪魔はどこかへ消えていた。
　無事にブーツをゲットしたアリサは朗らかな気持ちで再び歩き出した。

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