【演劇祭】猫海破魔戦記｜リアクション

【演劇祭】猫海破魔戦記

　日曜日の朝方、瀟洒な星ヶ丘駅の改札を抜けた人々が列を成す。同じ道をぞろぞろと歩いて話に華を咲かせる。劇団名や名前を挙げる度に黄色い声を上げた。
　目指す先にはSTARHILL Theaterがあった。近代的な多目的劇場として多くの人々に愛され、活用されてきた。本日は各種の演劇が予定されている。
　早速、施設内では劇団員によるグッズが販売されていた。往年のファンはこぞって買い求めた。
　劇団『猫海』は加わらず、宛がわれた控室で出番を待っている。
　四野辺蘭月は衣装に着替え、いつでも舞台へと立てる状態にあった。椅子に座らず、室内を歩き回る。
「あー、なんやろ。この待ち時間が妙にそわそわするんやけど」
「台詞に不安があるのかもしれないので、小萩と出会うシーンの読み合わせでもしますか」
　椅子に座っていた本条小萩が凛々しい顔で言った。蘭月は弱々しい笑みで手を左右に振った。
「やめとく。余計に緊張しそうな気がするわ。本条ちゃんは台詞、完璧なんやろ？」
「小萩はいつでも完璧です！　武士に二言はありません！」
「すっかり役になりきってるんやな。あたしの台詞は素に近い状態にして貰ったから普通にすればええんやけど……糖分が不足してるんやろか」
　控室のドアが開いた。葉月朱真と羽入癒雨が揃って入ってきた。
　朱真は落ち着いた様子で言った。
「舞台に関するＣＧは施設のスタッフに渡した。打ち合わせも済ませているので演技に集中して貰いたい」
「お嬢を間近で見ていたあたしは何も心配していないけどね」
　癒雨は笑って手にした包みを掲げる。逸早く蘭月が駆け寄った。
「癒雨ねーちゃん、それって差し入れやろ」
「お弁当がメインだけど手作りのミルクプリンもあるわ。糖分の補給になるわよ」
　癒雨は色っぽくウインクした。
「あたしが最後のようだね」
　天神平庵が白衣姿で現れた。手に提げたビニール袋にはかなりの数の小瓶が見て取れる。
　全員が揃ったことで一気に華やいだ。長テーブルを囲んで癒雨の弁当に舌鼓を打った。
「めっさ、美味しいやん！　さすがプロのメイドさんやね」
　ふんわりと柔らかい卵焼きに蘭月は笑みを零す。
　朱真は一口ハンバーグを味わうように食べる。
「いつも通りで美味いな」
　他の者も口々に味を褒めた。癒雨は微笑み、紙コップに注いだ緑茶を控え目に啜った。
　間もなくして施設スタッフが訪れて開演時間が近いことを伝えた。
「演劇は気力と体力を消費するからね」
　庵は足元のビニール袋を引っ張り上げて長テーブルの上に置いた。
　蘭月は疑わしい眼付きとなった。
「庵さんのそれ、飲んでも大丈夫なん？」
「信用ないなー。効果は保証付きだよ。癒雨さんはあたしの店で買い物したことがあるから、よく知ってるよね？」
　話を振られた癒雨は笑みを深める。
「それはもう、効果は凄くて、思い出しただけで身体の芯が蕩けてしまうわ」
「ちょっと待ちいや！　それ、なんの効果やねん！」
　蘭月は手の甲で叩く真似をした。
「もちろん、栄養ドリンクの話だよ」
　癒雨の代わりに庵が答える。ひょいと摘まんだ小瓶を顔の前で軽く揺らす。一房のピンクの前髪が妖しさを添えた。
「実に錬金術師らしい行動です。負けられない気持ちになりました」
　小萩は好意的に捉えた。率先して小瓶を受け取り、一気に飲んだ。
「燃える闘志に全身が包まれました！　舞台で悪の手下を撫で斬りにしてやります！」
「怪しいけど、効果はあるんやね」
　蘭月は小瓶を手に取り、繁々と眺める。
　数分後、五人は円陣を組んで勇ましい声を上げた。

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