遊月会の誘い｜リアクション

遊月会の誘い

「うぅ、人が一杯だなぁ……」

　人で一杯のロープウェイを前に恵御納夏朝は悩まし気に呟いている。と言うのも、彼女は人混みというものがとても苦手なのだ。
　だけど、いつまでもこうしているわけにもいかないと奮起してロープウェイへと乗り込んでいく。とある目的の物を見る為に。

「おぉ、色々な食べ物がある……。どれにしようかなぁ」

　展望台へと着いた夏朝はまずはと言わんばかりに食べ物を物色し始めた。様々なメニューがあり目移りしてしまうが、それでも何とか沢山の物の中から満月のオムライスと月うさぎのおまんじゅうを選び出す。
　そのついでにお茶も手に取って、それ等を会計してから次はプロジェクションマッピングが見れるところへと移動していく。

「お、おー？　あれがもしかしてプロジェクションマッピングっ！？」

　所によっては地面。所によっては樹をライトアップしたりしている。しかも、ただライトアップしているのではない。様々な組み合わせを持って不可思議な光景を創造しているのだ。
　しかも今夜は見事なまでの満月。艶やかな月光はより幻想的な光景を人々に見せていた。
　
　それを夏朝は目を輝かせて身を乗り出すようにして見ている。
　ただ、見るだけでなく持って来ていたデジタルカメラをその光景を写す事も忘れてはいない。

　余すところなく全てを自らの目で見て、デジタルカメラに撮っていく夏朝。
　まるでその様はこれを逃したらもう二度とこの光景を見る事が出来ないとでも言うかのようですらある。

「よしっ！」

　デジタルカメラを仕舞ってから、夏朝は腰に手を当てて満足気に頷く。どうやらプロジェクションマッピングについては満足する事が出来たようだ。
　そして、次の目的へとその足を向ける。人の流れを分け入るように進むその足の速さは先程までよりも少しだけ速い。
　それもその筈だ。何故なら、次の目的こそが今回の最大の目的なのだから。

（ついに来たよ、一番の目当て……！　七色に輝く巨大な樹……噂の、『幸せを呼ぶ樹』……！）

　それは見えて来た。噂に聞いた通りにかなり目立つ為、それなりに距離があっても見つける事はそう難しくはない。
　噂で聞いた時から夏朝はこの樹を見てみたいと思っていたのだ。そして、祈ってみたいと。

　近くに来てみれば、夏朝と同じようにこの樹が目的であったと思わしき沢山の人達が樹に向かって祈っているのが見える。
　その祈り、願いが一体どのようなものかは夏朝には解らない。知る必要もない。夏朝自身が抱えている願いと同様にそれは彼等だけのものであるからだ。

　樹を真正面に捉え、そっと祈る。

（僕と夏夜ちゃんの願いが……『心身ともに分離して、共存する』願いが叶いますように……今以上の幸せが、訪れますように！）

　それはずっと夏朝が抱え続けている願い。朝と夜が変わらず来るように。自分達もまた共にありたいと思い続けているのだ。
　だが、願いはそれだけではない。

（そして、寝子島や星幽塔等の……僕が幸せになってほしい皆にも幸運が訪れますように！）

　ただ、自分達だけの幸せを願うのではない。関わって来た優しい人達にも幸せが訪れて欲しいと願う。

　月に封印されている絶神。その事を考えれば夏朝の心に影が落ちる。落ちてしまう。
　だけど、それと今こうして月を綺麗だと思う事には関係がない。それはずっと久遠に続いてきた事。色々な時代の人間が続けて来た事。
　だから、誰しもが月を綺麗だと思って良いのだ。お月見を誰しもが楽しんで良いのだ。

　何時の日か絶神のいない月を見上げる時が来るだろう。
　いつの日か在るべき所に帰るだろう、大切な友達もどこかから、自分達と同じようにそれを見るだろうと夏朝は願い思うのであった。

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