ヴァンパイア・アンド・ウルヴズ｜リアクション

ヴァンパイア・アンド・ウルヴズ

「四つん這いになって椅子になりなさい」
　この街に数える程しかいない資産家の屋敷で、吸血鬼の虚栄心はその資産家に命令した。彼女の操り人形と化した資産家は、言われるがままに四つん這いになる。その上に座ると、心は人を支配する感覚に満たされた。更に、もう１人の下僕であるメイドに要求する。
「ねえ、肩揉んで」
「はい、心様……」
　虚ろな表情のメイドが心の肩を揉み始める。この屋敷の窓は全部家具で塞いである。完全なる密室で思いのままに人を傅かせるのはこの上なく愉しかった。
　食事中――
「これ、あーんして食べさせて」
「はい、心様。あーん、でございます」
　食事後――
「靴が汚れちゃってるから舐めて頂戴。裏までね」
「はい、心様、仰せのままに……」
　戯れに――
「ねーえ？　カラスは白いわよね？」
「はい。カラスは白いです。黒ではありません」
　下僕の答えを聞きつつ、心はここに来る前のことを思い出す。その時は、別の街で毎晩人間を虐殺していた。だが、その時は人間を操ってはいなかった。残念ながら、吸血鬼には人間を纏めて操る能力はない。その結果、神父に妙な術で発声を封じられた上に軍の大部隊に包囲され、危うく討伐されかけた。そして、彼等の手から逃れる為に遠く離れたこの地に来たのだ。
「…………」
　テーブルの上のワインを飲み干し、立ち上がった。
「今日も非力で脆弱な、劣等種族の人間共を殺戮しましょう」
　今の街に来てから、心は毎晩人間を殺して回っている。屋敷を出ると、彼女は蝙蝠になって夜空に飛び立った。
　自尊心を満たす為に。

　セレッソ達と別れ、見回りを再開した志波高久は、日頃市民から集めた怪異の目撃情報を元に、最近出没が多いという場所に向かっていた。それは閑静な住宅街で、様々な公共施設から離れている生活が不便だと言われている場所だった。
「……！」
　そこで遭遇したのが、吸血鬼――心が人間を脅しているところだった。何をされたのか怯え切っている女性に、かなり高圧的に振舞っている。
「ねえ、どうやって死にたい？　バラバラに引き裂く？　それともグチャグチャに潰すのがいいかしら？」
　先程とは真逆の光景に、高久は顔を顰める。そして、問答無用で飛び込んだ。拳を繰り出すと、彼の殺気に気が付いて心は飛び退る。
「人間……？」

　狼人間と会ったら逃げ……見逃してあげようと思っていたが、攻撃してきたのは人間だった。軍隊と聖職者の相手は二度とごめんだ、と兵舎や教会の近くは避けたが、この男は一般人の何倍も強いと一発で分かった。
　男――高久に攻撃された時に獲物は逃げてしまった。正面に立った高久は、あまりにも堂々としていた。屈服させることが出来るのか分からない程に。
「やられっぱなしで終わるほど、人間は弱くない。人の可能性を舐めるなよ？　目に月を焼き付け、散れ」
「…………」
　高久の目に気後れしたのを自覚する。このままでは勝てない、と心は悟る。今まで、人間を支配することで自尊心を満たし――否、自我を保ってきた。それが、負けてしまったら――
「嫌……」
　連続で拳を腹に打ち込まれ、口から血を吐く。その隙に、デリンジャーの銃口を押し付けられ、ゼロ距離で射撃された。激痛と共に、倒れ伏す。
「嫌……人間ごときに負けるなんて……」
　それが、彼女の最後の言葉だった。

このページにイラストを設定する