ヴァンパイア・アンド・ウルヴズ｜リアクション

ヴァンパイア・アンド・ウルヴズ

　１

　北条冬華は、地下墓地に隠された優雅な部屋に住んでいた。ベッドの上で目覚めたのは夕方で、少し身じろぎしてから起き上がる。
「１７時、ですか……」
　この時期は太陽の位置もまだ高く、外に出るには早い時間だ。ドレスに着替えて寝室を出て、リビングルームでお気に入りのお茶を淹れる。洋菓子と一緒にティータイムを楽しみながら、これから一日をどう過ごそうかと考える。
（お菓子は美味しいですが、あまり栄養にならないのですよね）
　その為、人の血を飲みに行く必要はある。
（行くとしたら、夜でしょうか……）
　先日、昼間に血を求めて外出したらハンターに狙われ、霧になって逃げてきたということがあった。あのハンターがまだいるかもしれないし、多少遠い場所で、尚且つ夜に活動した方がいいだろう。
（それまでは、墓地の散歩でもしましょうか）
　地下墓地には墓参に来る者もいるが、彼等は冬華を墓守の１人だと思っている。
「おはようございます。冬華様」
「おはようございます。今日は何かありましたか？」
　ドレスの上にボロいフード付きのマントという外出用の恰好で墓地に出る。ドレスは自分の好みのものだが、動きやすいように細工をしたものだ。
　墓地では、眷属にした墓守が掃除をしていた。首輪をつけた背の高い口髭の老人は、柔和な笑みを浮かべて冬華に言った。
「墓地周辺は平穏ですな。巷では人間が殺される事案が増えています。昨日今日で３０人以上になります」
「そうですか……」
　人が殺される速度が少々早い。吸血鬼の冬華は力こそ正義だと思っているし、人は獲物だ。しかし、無闇な狩りで獲物が減れば冬華も困る。
（私は必要な分の血さえ飲めれば良いですけれど……）
　殺すのはほどほどにしてほしい。生かしておけばまた利用出来るのに殺してしまうというのは、狼人間の仕業なのだろうが――
（狼人間を殺すのも面倒ですね）
　狼人間と吸血鬼は犬猿の仲だが、出会わない限りは争う気はない。
「それでは、出かけてきますね」
「行ってらっしゃいませ」

　向かうのは、警備の手薄な貧民街だ。通行人に紛れて歩きながら、冬華は獲物を物色する。果物店の前でリンゴを買っている少女に目を止めて、彼女の横を通過しながら容姿を確認する。好みとしては、端正で、警戒の薄そうな女の子だ。
　店を離れた少女にそっと近付き、正面から目を見る。すると、獲物に選ばれた彼女の顔から表情が消えた。
「こちらに来てください。殺しはしません」
「はい……」
　路地裏に連れ込み、首筋にかぷ、と噛みつく。
「あっ……」
　操られている筈なのに、ぴくっとした少女は小さく声を出して息を吐いた。血を吸われる快楽を覚えた彼女は、正気でももう逃げないかもしれない。
　血を吸い終わり、丁寧に口元を拭う。狼の唸り声が聞こえたのはその時で、振り返った瞬間に数メートルはある巨大な狼が襲い掛かってきた。
　冬華の自慢は怪力だ。外見からは想像も出来ない力で、隠し持っていた重い鋼鉄製の棒手裏剣で狼の爪を弾き返す。距離が出来た瞬間に手裏剣を飛ばすと、後方から別の狼が飛び掛かってくる。武器が戻ってくるまで数秒もないが、それは致命的な数秒だ。冬華は霧になり、その場から逃亡した。戦って死ぬ事にも抵抗はあるがそうではなく、捕まるのが何よりも嫌だったからだ。
（首輪を嵌めるのは好きですけど、逆は絶対に嫌ですからね……）

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