ヴァンパイア・アンド・ウルヴズ｜リアクション

ヴァンパイア・アンド・ウルヴズ

　２　

　闇に沈む町を月明かりが幽かに照らす夜。
　黒いレースを基調にしたドレスを纏った三宅葉月は、若い女性の首筋に噛みついていた。血液は吸血鬼の血と肉になる。流れる血を飲み下し、女性から静かに離れると、葉月は再び歩き出した。月に誘われるようにして、人影の絶えた街を悠然と逍遥する。
　月を正面にして歩く葉月の顔に浮かぶのは、メランコリックな無表情だ。アンティークドールめいたどこか作り物めいた美貌だが、彼女に見惚れる者はいない。狼人間と吸血鬼が争い合い、闊歩している外に出る人間は多くない。すれ違う者の無い道を、彼女は気ままに歩き続ける。
「…………」
　内も外も無のまま、行先も決めず、何も求めず、月に導かれるままにぶらつく。どこまでもどこまでも、月が沈むまで飽きずに――
　とはいかず、徐々に歩くのにも飽きてきた。
　そろそろ家路につこうかと考え、踵を返す。ルートを記憶しないまま、左右よりも上を見て歩いてきたが、帰り道は何となく分かった。
（尤も、間違えていてもいいけれど）
　歩いていれば、そのうち知っている道に出るだろう。
　――殺気を感じたのはその時だった。
　彼女の行く先に人影がある。ただの人間に見えたが、月明かりに照らされた時、彼の容貌が一気に変化した。頭部から耳が生え、剛毛に覆われた指からは鋭い爪が伸び、腰のすぐ下から尻尾が現れる。
　男の正体が明らかになると、路地裏から他の狼人間が続々と出てきた。最初の１人と合わせ、合計で５人だ。
「吸血鬼だな」
「吸血鬼じゃなくても見逃す気はないけどな」
　勝利を確信した笑みを浮かべている５人を前に、葉月は溜息を吐いた。
「……こんなに素敵な夜なのに、なぜそっと月夜の散歩を楽しませてくれないのかしらね？」
　気怠げに呟くと同時に、４人の狼人間が襲いかかってくる。彼等の爪が触れる直前まで微動だにしなかった葉月は、蝙蝠になって空を舞った。狼人間達の吠え声が重なる中、男の言葉が耳に届く。
「今日こそは倒す」
「……？」
　記憶はないが、以前にも襲ってきたことがあるらしい。些細なこととして忘れてしまったのかもしれない。
　蝙蝠になった葉月は自分が有利に戦える場所まで狼人間達を誘導し、個別撃破していった。最後に残ったのは、今日こそは倒す、と発言した狼人間だった。何はともあれ、葉月も負ける気がないという意思を彼に伝える。
「ようこそ、月夜の舞踏会へ」
　直後、男が襲ってくる。
　訓練でもしているのか、男の動きは素早かった。両手に加え、両足からも長い爪を出し、四足動物の特性を活かした攻撃をしてくる。
（強い……）
　吸血鬼には生身で格闘をする能力がほぼ無い為、葉月はナイフを手に舞うように動き、狼人間に傷を負わせていった。こちらも無傷ではいられず、黒いドレスが破れ、白い肌のあちらこちらから潜血が流れる。
「ぐぁ……！」
　致命傷を負わせたのは葉月だった。口から血を吐きながら、狼人間は言う。
「……お前に殺されるなら……それも一興か……――――」
　絶命した彼を見下ろし、葉月は自分の腕から流れた血を飲んだ。
　初めての味は、思っていた以上に好みだった。

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