何が起こるの？　ちょっと不思議ＤＡＹ！｜リアクション

何が起こるの？　ちょっと不思議ＤＡＹ！

　人気のない廃工場で、吉住志桜里は、うんと伸びをした。
「あーあ。まだ少し暴れ足りないわね」
　普段の志桜里らしくない砕けた調子……と表現したくなるが、乱暴な口調の方が彼女の素だ。
　ここは学校ではないし、何より、実戦形式の古武術の稽古を終えてまだ間もない。
　志桜里という器の中で、闘争の熱は、まだ大いに燻ぶっていた。
（でもま、それなりには満足できた感じかな）
　志桜里の休日は、古武術の稽古から始まる。
　道場で集まっての稽古もあるが、今日は、他の門下生との試合稽古を行った。
　志桜里達が嗜むのは、喧嘩殺法を昇華したような武術。
　ゆえに、試合稽古は道場内でこっそりと行うべきと言ったのも志桜里なら、
　――そんなに実戦風にしたけりゃストリートでしょ。
　と、野外での稽古に拘る仲間に最終的に言い放ったのも志桜里である。
　可愛らしい年下の門下生も躊躇いなしに打ち据え、引き回し、踏み抜いて。
　師には内緒のガス抜きをし、志桜里達は素知らぬ顔で解散して……現在に至る。
「ま、自分の時間はここからだしね」
　準備運動としては文句のない時間だったと、志桜里は棒付きキャンディを口に咥えた。
　スマートフォンを弄ってビートを流し、そのリズムに身を任せる。
　異変が起こったのは、その時だ。
「……え？」
　ゴウン、ゴウンと、何かの駆動音が、ビートを大きく遮った。
　床から、ビリビリとした振動が伝わってくる。
　泉の水が如くに湧きかけていたリリックが泡のように弾け消えたのは口惜しいが、
（工場が……動いてる？）
　という事実への驚きが、シンキングタイムへの無粋な介入への怒りを幾らかは収めた。
　ゴウン、ゴウンと、工場は稼働音を休むことなく響かせ続けている。
「――あれっ？」
　何事かと辺りを見回していたところに、足元から声がした。
　声の主を見遣れば、そこには、愛らしい小人の姿。
　但し、小人の服装はキメキメのヒップホップファッションだ。
「お客様ですか？　ようこそ、バイブス製造工場へ」
「バイブス製造工場……ですか？」
　常の丁寧な口調に戻って、志桜里は小人の言葉を繰り返した。
　はいそうです、と小人が頷く。
「えっと……“この工場ではバイブスを製造　運ぶぜ皆にとびきりの感動”」
「……ラップ？」
「……ああ！　すみません、ごめんなさい、気にしないでください！」
　小人は、志桜里の言葉に、可哀そうなほどに狼狽えた。
「僕、この工場の一番の新入りなんです。ラップもまだまだ練習中で……」
　バイブスを作る仕事に携わっている身でお恥ずかしい、と恐縮する小人。
　そんな小人の前で、志桜里は口元に手を宛がって思案した。
（バイブスを作る、ねぇ……）
　どういうことだろうかと考えていて、ふと気づく。
　ゴウン、ゴウン、という工場の駆動音。
　それが、よくよく聞き入ってみれば、中々にクールなビートを奏でていることに。

「……この工場、もしかしたら結構アガるかも？」
　案内を頼めないだろうかと小人に声をかけようとした、まさにその瞬間。
　駆動音が止み、腹に響く振動も同時に途絶えた。
　小人の姿も消え、残ったのは、空虚な廃工場と志桜里だけ。
「……夢？」
　呟いて、けれど志桜里は、いや違うと首を振る。
　何せ、一時目前に姿を現したあの奇妙な工場。
　その駆動そのものが生み出すビートが、まだ耳に残っているのだ。
（あ。いいリリックが浮かぶ気がする）
　口元に薄く笑みを乗せて、志桜里は頭の中から聞こえるあのビートに、心身を委ねた。

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