またしても、である。
　そう、ヤツらが再び寝子島へとやってきたのだ。
「オラオラ、とっとと財布出せやー！」
「持ってんだろォー、寝子島のお坊ちゃんどもがよォー」
「跳んでみろや！　おうおうじゃらじゃら言っとんのォ、たんまり持っとんじゃろがい！」
　などと凄みに凄む、言わずと知れたマタ工不良生徒の面々であった。
　鋲だらけにチェーンがじゃらじゃらと鳴る改造制服に身を包み、頭は金髪茶髪のリーゼント、ないしはモヒカンである。時代錯誤も甚だしいセリフを臆面もなく吐き散らす彼らが今回の標的と定めたのが、海風さえも高尚に思える一等地、星ヶ丘なのだった。　
「ひ、ひぃぃぃ～。ゆ、許してくれたまえ～。僕はお金持ちであるから～、お金を持っているけれど～。許してくれたまえ～」
「やかましい！　とっとと財布をよこさんかい！」
　道行く人々さえ気品に満ちた星ヶ丘の人々から、労せずして小金をふんだくろうという腹だ。
　寝子高生らしい男子はすっかり青い顔を浮かべ、震えながらワニ革の長財布を差し出す。古き良き不良マンガにはよく見られたこの光景、伝統深きある種の儀式……そう、カツアゲだ。彼らは今時珍しい、コテコテの少年漫画系ヤンキーの鑑なのであった。
「それは許してくれたまえ～。ママンからいただいたお小遣いであるからして～」
「ゲェッ、こいつ１０万も持ってやがるぜ！」
「やったぜ、今日の昼飯は焼肉だ！」
　と。まさしく白昼のカツアゲ現場へ、ぬるりと近づく人物の影があった。
「……『お前はただの人間だ』！」
「ぬおっ？」
　揃ってガタイのいいマタ工生たちにも臆さず立ち向かう、虚栄 心！
　心がキーワードを口にすれば、そのろっこんは聞いた者から筋力を奪い去る。
「お前はただの人間だ！　お前はただの人間だ！　お前はただの人間だ！」
「な、なんだお前……」
「あれ？　身体に力が入らねえ！」
「俺のマッスルボディがパンピーボディに！？」
「僕は～無関係であるからして～、とばっちりではないのかと思われ～」
　助けるべき寝子高生までもいっしょくたに巻き込んでいるが、ともかく心はろっこんを振りかざし、ふにゃふにゃになったマタ工生らをげしげしと足蹴にする。
「お前はただの人間だ！　アッハハハハハ！　ただのひとが、この私に勝てるわけがないのよッ！　お前はただの人間だ、アハハハハハ！」
「ぎゃーーー！？」
　無論のこと、心は正義感や親切心など持ち合わせていないし、この振る舞いは有り体に言って単なるストレス発散である。故に周囲の被害など省みることはないし、ましてや不良学生などがどんな怪我を負おうが知ったことではない。むしろ胸がすこうというものだ。
「お前はただの人間だ！　不良？　カツアゲ？　くだらない！　お前がただの人間である限り私には勝てない、勝てるわけがない！　アハハハハ、お前はただの人間だー！」
　気の済むまで蹴りをぶちこむと、心は満足げに胸を反らして言い放った。
「お前はただの人間だ！　これに懲りたら、二度とナメた真似はしないことね……」
「ん？　お前ら、何やってんだ？」
　背後からの声に、心はびくりと跳ねた。
　マタ工生のリーダー格だろう威風堂々たる男、その名も勝 アゲルであった。
　心は一転、戦慄した。男は心が放つろっこんの発動ワードにもことさら変化はなく、心を睨みつけている。
「てめぇ、俺の舎弟に何しやがった」
　心のろっこんは、ただのひとにしか効果はない。つまりこの男は、もれいびだ。
「え、えーと……」
　無力な相手とどう渡り合うか？
　考えるまでもない。
「わ、私よりそいつのほうが美味しいわよ！　財布なんかパンパンに肥え太ってるんだから！」
「うわあっ！？　た、助けてくれたかと思ったのに、これは予想外であるからして～！」
　心は寝子高生を男のほうへ突き飛ばし、一目散に逃げ出した。
「おいてめぇ、待ちやがれー！」
　目的は達した。心が他者を踏みつけ優越感を得られれば良いのであり、鈍くさいただの寝子高生などそもそも眼中にないのだから。
　アゲルの怒声を背に、心は駆ける……が。
「アニキィ！　どうなってんスかこりゃあ、なんでこいつらヘタれてるんスか？」
「いいとこに来たぜお前ら！　その女捕まえろ！」
　がっし。
「あれ？」
　折悪く向かいからぞろぞろやってきた増援のマタ工生たちに、心はあっさりと捕らえられてしまったのだった。



「……なんだこりゃ」
　所用で星ヶ丘を訪れた鳳翔 皐月。ちょっとした路地にフン詰まりのように溜まっているマタ工生たちを目にして、うんざりと眉をしかめた。
　一見して悪辣と断じてもいい分かりやすい不良たちに、高校生の男女が絡まれている。
「やれやれ、カツアゲか。さすがの私も、こんな弱いものイジメはしなかったよなぁ。やってたとしたらイタズラと、強いものイジメだな。うん」
「ンだこらてめぇこら何見てんだこらやんのかこらァ！」
　物珍しく眺めていたら、絡まれてしまった。
「たたた、助けてくれたまえ～！　僕はお金持ちであるからして～、お礼はするゆえに～！」
「はん？　別に礼なんざ必要ないけどね」
　すがるような視線を寄越す男子高校生へ、それに時代錯誤も甚だしい不良学生どもへ、皐月はにやりと笑ってみせる。
「ガキども。やんなら相手してやるぜ？　久々に、この足を思い切り振り回してやりたい気分なんでな」
「へっ、しゃらくせえ！　てめえら、やっちまえ！」
　不良たちのリーダーたる勝 アゲルは皐月を指差し、昨今ちょっともう聞かない昭和めいたセリフを恥ずかしげもなく吐く。
　数人の改造学ランたちがじゃらじゃらと鎖を鳴らしながら皐月を取り囲む。
　……ところで皐月には、かつて呼ばれた異名があった。
「そらよっ！」
　目にも留まらぬ足さばき。しゅばばばば！
「ふぐおゥっ！？」
「ひょォッ」
「ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛～～～っ！！」
　きん・こん・かきーん！
　足先が吸い込まれるように食い込んだのは、いずれも学生らの股間であった。
　人呼んで、『黄金潰しの右足』！！
「かかってくんなら、覚悟しな。伊達に足癖が悪い訳じゃねえんでな？」
　浮かべた笑みは、ぞっとするような凄絶なものに見えたことだろう。屈強な男たちは思わずまたぐらを押さえて縮み上がった。
「チッ、情けねえ連中だ」
「あ、アニキィー！」
　勝 アゲルが一歩前に出ると、男たちはやんやと喝采する。
　アゲルは腰に巻いたチェーンを解き、じゃらりと腕に巻きつけた。伸ばせば遠距離攻撃に、巻き取れば防御や拳の強化にも使えるという寸法だろう。もっとも、皐月の長い脚を金的にもらってはたまらないと思ったのかもしれないが。
　びゅお、とアゲルの手からチェーンが飛ぶ。皐月は半月状に足を振り上げそれを弾くと、一気に踏み込み間合いを詰める。アゲルは瞬時に鎖を引き戻し、下からすくい上げるように強襲する蹴りを防いだ。
　右から左から、鞭のようにしなる皐月の蹴りが襲いかかる。アゲルはボクシングや空手など複数の格闘技経験があるらしく、意外にも軽やかにステップを踏み避ける。
「おい、アニキを助けるぜ！」
　タイマン勝負を約束したわけでもなく、取り巻きの不良学生らも皐月めがけて突進していくが、
「お前はただの人間だ！　お前はただの人間だ！　お前はただの人間だ！」
　男子高校生といっしょに捕らえられている心の援護がそれを阻んだ。
「お前はただの人間だ、お前らはただの人間だー！　アハハハハ、やっちゃってくださいお姉さん！」
「くそっ、あの女……」
「おーっと、よそ見してていいのかい？」
　隙を突かれ、アゲルが苦し紛れに伸ばしたチェーンは脱いだ白衣で絡め取り、一気に踏み込む。
「そらよっ！」
　かっきーん！
「ふンぐゥゥゥおおお……」
　崩れ落ちるアゲルの顔面へ皐月はご丁寧にトドメの一撃までぶち込むと、倒れ伏すのを確かめるまでもなく取り出した煙草に火を点け、ふうと一服。
「やれやれ。久しぶりに暴れたら、疲れちまったよ」
「おおお、助かったのであるからして～！　お礼を述べねばなるまいに～！」
　こうして不良らは皐月によって撃退され、救われた男子学生はしこたま頭を下げたかたわら、心は白い目で見られたという。