●【執事カフェ・NEKOKO】１


　執事カフェ。
　その言葉には乙女をときめかせる特別な響きがある。
　校庭には理事長宅から持ち込まれた白いアンティーク風のテーブルと椅子が並び、その周りには捩じれた幹のパキラや、大きなハート形の葉のフィカス・ウンベラータなどの観葉植物が配されている。
　さながら、夜の庭園といった風情だ。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
　黒の燕尾服で、髪も後ろになでつけてフォーマルにきめ、片手を前に４５度にお辞儀するのは――。
　ホスト風執事の早川 珪先生！
　ドＳ系眼鏡執事の桐島 義弘先生！
　元気なワンコ系執事の浅井 幸太先生！

　執事たちに出迎えられた響 タルトとマーガレット・ライカーは、じゅるり、と垂れる涎を飲み込んだ。
「早川先生、執事がはまってる！　ホスト執事！　照れる桐島先生と浅井先生もいい～」
　僕もけっこうお手伝いしたんだよ、とタルトはウィンクする。
「執事服のデザイン案も出したんだ。NEKOKOだからタイに肉球模様があるといいと思って」
「まあ、そうなのですね」
　ちなみにマーガレットは、由緒正しいイギリス貴族の母方に持つ令嬢らしく、お茶会用のミントグリーンのを着こなしている。銀色の縦ロールと相俟って、英国淑女感バシバシである。タルトには、すごいドレス、と驚かれたが、ちょっと大げさすぎだと思う。
「三人の絡みを見たいけど、指名は一人につき一人だよね」
　タルトはそう言って舌なめずりをする。
「どの先生も担当学年が違うのであまりよく存じ上げないのですが……そうですね、私はあの……浅井先生、もとい、浅井執事を」
「マガレちゃんは浅井先生か、じゃ僕は早川先生ね」
　はじめての指名で、浅井先生はぎこちなく、早川先生はスマートに二人を席に案内する。
「オーダーは何になさいますか？」
「僕はローズヒップティーで」
「かしこまりましたお嬢様」
　一方の早川先生はさらりと一礼。女性の扱いにも慣れた様子だ。
「私はスコーンとローズヒップティーをいただけるかしら」
「か、かしこまりました」
　マーガレットがオーダーすると、浅井先生は慣れない様子でどもっている。
　浅井先生の教師人生では「かしこまりました」なんて、ほとんど使ったことがないのだろう。
「あ、いいね、僕もスコーンお願いします♪」
「はい。それでは準備してまいりますのでしばらくお待ちください、お嬢様方」
　ふたりの執事がいったん去ると、マーガレットはこそこそとタルトに耳打ちした。
「早川先生は何というか本物の執事より本物っぽいですね。小説やコミックのヒロインに奉仕するイケメン執事みたいな」
「まさに、ホスト執事って感じだよね～」
「ホスト執事というのですか？　では他の先生方はゲスト執事？　どおりで落ち着きがないと……」
「や、そういう意味じゃなくて」
　マーガレットの天然さに、タルトは口の中で笑いを噛み殺す。
「えっ意味が違う？　早川先生以外の先生方は執事服が着慣れてなくて動きもぎこちないのは事実ですわ」
「まあねー。それも、また、いい」
　先に給仕に来た早川先生に、タルトはノリノリで質問する。
「先……じゃない、執事さん、どうしてこれはローズヒップって名前なんですか？」
「薔薇のお尻……とでも言わせたいのかな？」
　すこしだけ先生の顔に戻って、早川先生は片眉をあげる。
「てへ☆　本当はどうしてか、知ってるんですか？」
「『ヒップ』とは果実の意味。ローズヒップティとは薔薇の果実のお茶、という意味ですよ」
「さすがホスト、じゃない執事さん、ボーッと生きてないね」

　スマートな早川先生からやや遅れて、浅井先生が、まるで平均台の上を歩いているかのような慎重さでローズヒップティーのポットとカップ、スコーンを乗せた皿を運んできた。
　洗練された英国の執事に比べたらまるでお子様ですけれど、と、マーガレットは腐気味に微笑む。
「まぁ、これはこれで初々しい感じで。悪くない、悪くはないですよ」

　そう。
　マーガレットはこう見えて、お嬢様ならぬ、腐嬢様だったのだ！！

「あ」
　カップがテーブルに置かれた拍子に中のお茶が跳ねて手にかかった。
　ちらっと視線を咎めるような送って浅井先生の反応を観察する。
「す、すいませんっ！！」
　胸ポケットのハンカチで、慌てた様子でマーガレットの手やテーブルを拭こうとする浅井先生。
　さらに、かちゃん、とカップを倒してしまう。
「あわわ……」
「慌てないで」
　早川先生が浅井先生の手にそっと触れた。
「お嬢様方申し訳ございません。いま代わりを持ってまいりますので」
　ぴょこんっと浅井先生も頭を下げて、子犬みたいに早川先生にくっついて走っていく。
　それを見て、マーガレットはまたタルトにこそこそ。
「……これもきっと創作の神の導きに違いないです。早川執事×浅井執事で一本シナリオ書けそうですよ」
「来て良かったでしょ？」
「ええ」

　その後、タルトは、
「執事さんたちもこっちに座って一緒にお茶飲んでくれませんか？」
　と頼み、
「そうそう、写真お願いします～」
　と四人で写真も撮って貰った。

　胸いっぱいで執事カフェを後にして、そういえば、とマーガレットはタルトに尋ねる。
「あの眼鏡の桐島先生はどんな方なのでしょう？」
「マガレちゃん桐島先生知らなかった？　逸材だよ～、堅物風なのにおっぱい好きだしズボン破けるし」
「まあ！」

　男性諸君、お気をつけあそばせ。
　腐女子にかかれば、どんな素材もおいしくお料理されちゃうのですよ。