【寝子高夜市】夏の宵、きらきらめぐる｜リアクション

【寝子高夜市】夏の宵、きらきらめぐる

●【休み処・三猫だんご】１

　そぞろ歩くは絵画専攻の芸術科３年、三宅葉月。
　身に纏うのは、翠を基調としたボタニカルな柄の浴衣。
　葉月は絵画だけでなく、服飾の分野でも才能を発揮して今宵の浴衣を手づから仕上げた。
　長くウェーブ掛かった黒髪と、ビスクドールのように整った顔立ちの彼女は、人間界のお祭りに気まぐれに参加してみた森の精霊、といった風情を醸し出している。

　そんな彼女が、まず立ち寄ったのは、校長先生と校長室の三匹の猫たち――白猫ユキ、黒猫こしあん、ブチ猫イーピン――がお出迎えする「休み処・三猫だんご」だ。
　ユキとこしあんとイーピンは、にゃあ、にゃあとこちらにやってきて、葉月の浴衣の植物の柄を本物と勘違いでもしたのか、纏わりついてくる。
　まるで可愛く客引きをしているような風情だ。
　思わずくす、と口元を綻ばせる。
　と、三猫だんご作りの手伝いをしていた簡素な着物に割烹着姿の旅鴉月詠にふいに声を掛けられた。
「うらめしや」
「うらめしや？　……幽霊？」
「いや、間違えた。おもてなし、だ。寄って行かないか」
「……私？」
　葉月は、操り人形が面を上げるが如く、ぎこちない動きで月詠を見つめる。
　束ねた長い銀の髪を三角巾の中にしまい込んだ月詠は、そんな葉月に滔々と話しかける。
「見たまえ、この三猫だんごを。白あんと黒あんとみたらしを、混ざらぬように同時につけるのはちょっとだけ手間がかかるんだ。みたらしだけなら串を壺にぶちこめばいいわけだが、３色なんで混ざらないよう、こうして刷毛で塗る……うん、これでいい。どうだ、美味しそうだとは思わないかね？」
「そうね。それじゃあ、三猫だんごとお茶をお願いしようかしら」
「うむ。お一人様、ご案内ー」
　そう高らかに告げた月詠であったが、次の瞬間、む、と口を噤む。
　客に出すはずの座布団が、既にネコ様に占拠されておられたためだ。
「人間はどうぞ畳にちょこんとお座りください。――なんて冗談だよ、座布団勿論あるよ」
　勧められた座布団に座り、三猫だんごとお茶をいただく。
　慣れたらネコ様たちも膝に乗っかってくると思う、と月詠が言ったとおり、しばらくすると、白猫のユキが葉月の膝に乗ってきた。
「……かわいい」
　ユキの背中をなでたりしつつのんびりとお団子をいただく。
「こうして過ごしているとここが寝子高というのを忘れてしまいそう──」
　この時だけは忘れる。深刻さが増すばかりの父との確執も。

◇

　恵御納夏朝は野々ののこを誘って、猫さん達に癒されに……もとい、お団子食べにやってきた。
　店先に立つのは蝶ネクタイに白髭の、にこやかな雨宮草太郎像――ではなく、ご本人。
　月詠があまりに仕事が出来るがゆえに、立ってるだけしかすることがない校長先生である。
「校長先生こんばんは」
「こんばんはー」
　夏朝とののこは、立ち止まってご挨拶。
　しかし、二人の目はすぐに、ユキ、こしあん、イーピンたちネコ様に向けられる。
「３匹とも、今日も可愛いなぁ……」
「だねぇ」
　おいしいお団子を食べながら、目を細めて猫さん達を眺める夏朝とののこ。
　気侭に過ごす姿を見ているだけで、めちゃくちゃ癒される。
　そうこうしていると、夏朝のお膝に、こしあんがちょこん、と乗ってきた。
　夏朝は嬉しくなって満面の笑みとなり、そっとなでなで。
「ののこちゃん、猫さんってやっぱり可愛いよね……！」
「うん！」
　そういうののこのお膝にはイーピン。
　なでなでして和んだののこは、近くにいた葉月に話しかける。
「葉月先輩も来てたんだねー。先輩はどんな猫が好き？」
　するとユキを撫でていた葉月は、普段よりもずっと優しい顔をして、
「猫はどの子でも好きよ」
　と言った。
　ののこは、それを聞いて、とても嬉しそうに笑った。
　夏朝は思う。
（こうやって、彼女が普通に過ごせて普通に笑える。そんな普通の日々を……）

　守りたい、守れるかな……？

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