【寝子高夜市】夏の宵、きらきらめぐる｜リアクション

【寝子高夜市】夏の宵、きらきらめぐる

●剣崎一心くんの恋

　小学五年生の剣崎一心は、ツンツン黒髪で常に竹刀を持ち歩く剣道少年。
　今日は、最近気になる女の子、桃井かんなと待ち合わせだ。
「緊張しすぎて約束の時間より早く来てしまったっす……」
　一心くん、ごくりと唾を飲み込み胸に手を当てる。
　心なしかいつもより胸がドキドキしている。
「それにしても最近は変っす……桃井さんの事になるといつもと違うっす」
　そのとき目に入ったのが、【ズバッと解決！恋愛相談】という手書きの看板と、アンニュイな感じで暇そうに頬杖を突く眼鏡で頬にそばかすを浮かべた女の先生――久保田美和だ。
「そうだ、あそこにいる先生ならきっとなにかアドバイスをくれるはずっす！」
　一心は美和の前に駆け寄ると、名前を名乗ってから桃井さんの事を話してみた。
「最初は女の子相手だから緊張したのに、」
（今でもしてるっすが！）と心の中で付け加え、
「最近は自分から一緒にいたいと思うようになったっす……これはどうしてっすか！」
　そう一気にまくしたてる。
　うんうん、と耳を傾けていた美和先生、恋愛下手とはいえ、一心が抱いているのは恋心だとさすがにわかる。
「それはね、」
　と人差し指を立て告げる。
「雛鳥だったキミが、オトナになろうとしてるってことかな！？」
　
　正直、一心にはちんぷんかんぷんな答えだった。
　？マークを頭にいっぱい浮かべながら、一心はかんなとの待ち合わせ場所に向かう。
　待っていたのは小学四年生にしては大人びた、クールな横顔の少女。
「お、お待たせっす」
「待ってないよ。あそこのお店、美味しそうだなって見てただけ」
　かんなの視線の先にあったのは、【まゆのミルク＆アイスクリーム屋】だ。
　行かない？　という言葉に、一心は強く頷く。
「今日はおこづかい多めにもらってきたのでご馳走するっす。来てくれた感謝の気持ちっす！」
「いらっしゃーい」
　牛さんパジャマの相原まゆ先生にオーダーを聞かれる。
「アイス」
　かんなが迷わず注文する横で、一心はすこし考えこんだ。
（自分は何を……そうだ、ミルクを頼む時にお約束があると聞いた事あるっす。確か……）
「ミルクでももらおうか」
　渋い声で言ってみる。
　するとまゆはウィンクして、
「ミルクね」
　とグラスに冷えたミルク注いで、カウンターを滑らせて渡してくれた。
　富士山牧場産と銘打たれたミルクは、冷えていて濃くておいしかった。
　ごくごく飲み干すその間も、一心はかんなが楽しんでるかチラチラ見てしまう。
　かんなはぺろぺろとアイスクリームを舐めていた。
　その表情はリラックスして楽しんでいるように見えた。
「？　どうしたの？」
「えっと、楽しんでるか気になったっす」
「楽しいよ」
　よかった。一心の顔に笑みが広がる。心から嬉しい。
「夜市が終わったら桃井さんを家まで送るっす」
「え、どうして？」
「夜道は危ないし、なによりもう少しだけ桃井さんと一緒にいたいっす」
「そうなの？」
「そうっす」

（――大丈夫、絶対自分が守るっすから！）

　誰かを守りたい。
　誰を？　――気になる女の子を。
　今まで感じたことのなかった強い気持ちが芽生えてきている一心くん。
　美和が頬杖をつきながら温かく見守っていることには気づかないまま、夜は過ぎゆく。