あんな夢、こんな夢、どんな夢？｜リアクション

あんな夢、こんな夢、どんな夢？

●夏の浜辺で追いかけっこ～全力必死編～

　走る、走る、走る。
　青い空に青い海、そして白い砂浜。
　そんな中で追いかけっこする水着の男女……。
　ロマンチックな光景が想起されるだろうか？
　だが、只今繰り広げられている追いかけっこには、実は浪漫の欠片もない。
　……少なくとも、逃げる側――女装姿の滝原レオンからしてみれば。
（追いかけられているのが女装した男な上に……、）
　追いかけてきているのは、恋人でも何でもない、ただの（？）ストーカーなのだ！
　狗条光。
　木天蓼工業高校の生徒たる彼は、自分よりも目立つレオンを一方的に敵視している。
　それだけでもレオンからしたら迷惑極まりない話なのに、
（あいつ、怜の正体が俺だって気付いてないんだよな……）
　女装したライバルに惚れているとか、中々に大変な事態である。
　だがしかし、同情の余地はない。
　というか、その光が全力で追いかけてきているせいで、全く、一切、そのことを考える余裕もない。
「怜ちゃ～ん！　水着姿も最高だぜ！　やっぱり好きだ～！」
「こっちくん……来ないでぇぇぇ！！！」
　レオンの叫び声が、浜辺に、空しく木霊する――。

　始まりは、少しだけ時を遡る。
　ふと気が付くと、レオンは、水着を着て、夏の浜辺に立っていた。
　淡い水色の水着は……紛れもなく、女性用。
　胸元を覆うフリルが、胸の膨らみがない、という事実を、キュートに覆い隠している。
　長髪のウィッグには、触ってみた感じだと、花の飾りが付いているようだった。
　今の状態に至るまでの記憶はないのに、女装モードで夏の海。
　当然、違和がないわけではなかったが、
「……この水着、可愛いな……」
　ぼそり、レオンの唇から小さく呟きが零れた。
　レオンは、可愛いものが好きだ。
　状況から考えて、「これは夢かもしれない」とも思ったが、
（それならそれで、満喫しても罰は当たらな……ん？）
　ふと、顔を上げる。
　誰かに、呼ばれた気がしたのだ。
　怜ちゃん、と。
　レオンが、女装時に名乗っている名前で。
　そしてそれは、気のせいや、風の悪戯ではなかった――。

　時間を、元に戻そう。
　レオンは走っている。光はそれを追いかける。
　来ないで！　と訴えられているにもかかわらず、光には、足を止める気は微塵もないようだった。どころか、
「く～！　照れてるところも可愛いすぎるぜ！」
　なんて、感極まったように拳を握っている。
　へこたれる気配が１ミリもない。
（あいつ、本気で俺が照れてるだけだと思ってやがる……！　鋼のハートかよ……！）
　そういう才能（？）は頼むから別のところで生かしてくれ！　と願わずにはいられないレオンだ。

（ちくしょう、夢なら早く覚めてくれ！）
　足がもつれたのは、その刹那だった。
「あっ！？」
　と声を上げた次の瞬間には、柔らかい砂に抱き留められている。
　もがくようにして立ち上がろうとするが、上手くいかない。
「怜ちゃ～ん！」
　声が近づいてくる。
　確実に、距離を詰められている。
　一刻の猶予もないというのに、焦れば焦るほど、白々と美しい砂が、レオンの動きを阻害する。
（やばい、捕まる……！）
　がばと振り返る。
　光の姿が、もう、逃げようもないほど傍まで迫って――。

◇

「来るなあぁぁぁ！！！？？？」
　叫び声を上げながら、レオンは、布団を跳ね飛ばして身を起こした。
　呼吸が、今の今まで、本当に全速力で走っていたみたいに荒い。
　ぐっしょりと汗をかいていて、背中が、ゾクリとするほど冷えていた。
「……ゆ、夢か……！　そうじゃねえかとは思ったけど……はあぁ……」
　深い深いため息が、唇を揺らす。
　悪夢の余韻が、まだ苦く残っていた。
　心臓が跳ねている。
「なんだってあんな夢見たんだよ……夢ならもっと、楽しい夢見せてくれ……！」
　呻くような声を漏らして、レオンは片手で、自身の顔を覆った。

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