あの日のあとで５｜リアクション

あの日のあとで５

　先日、八神修は七夜あおいと共に、洋菓子店で甘い時間を過ごした。
　そこに至った原因は神魂の悪戯で、故にあおいは、一連の出来事を夢だと思っているようなのだけれど、
（あれは、幸せで楽しい時間だったな）
　なんて、修は、あの日のことを折に触れて思い出す。
　今も、図書室で参考書を開きながら、修はふわふわと胸をあたためていた。けれど。
（ただ、ケーキも気に入ったみたいだったのに、それも夢だと思ってるんだよな……）
　ケーキの味だって、よく覚えていないかもしれない。
　そのことを思うと、修の眉は、自然と下がってしまう。
（残念だよな。折角好きなケーキを食べたのに、味とか覚えてないのはもったいないというか……）
　スイーツタイムだけでも追体験させてあげれないかなあ……と考え込んでいたところに、
「修君っ！」
　と、後ろから元気良く名前を呼ばれ、軽く肩を叩かれた。
「うわっ！？」
　なんて思わず声が漏れたのは、完全に思考の世界に浸っていたから。
　修の心を現実世界へと引き戻したのは、他でもない、あおいその人だった。
「な、何だ、あおいか……」
「あはは、そんなにびっくりしなくても。もしかして何か、考え事してた？」
「いや、ケーキを食べに行きたいな！　……って思ってて」
「ケーキ？」
　きょとり、あおいが瞳を瞬かせる。
「あおい？　俺、何か変なこと言ったかな？」
「ううん、そうじゃないけど……」
「けど？」
「図書館の入り口から、修君のめちゃくちゃ真剣な顔が見えたから、ケーキは予想外だったなぁ、って」
　どうやら、全力の悩み顔をバッチリ見られていたらしい。
　……というところまで考えて、修はふと、疑問を抱いた。
（じゃあ何で、あおいは後ろから、俺に声をかけたんだ？）
　何か、考え事してた？　という問いにも、違和がある。
　あおいは、修が思考の海に沈んでいたまさにその瞬間を、双眸に映していたのだから。
（……ああ、）
　修は、すぐに全てを理解した。
（俺の心を、ほぐそうとしてくれたんだな）
　胸に、柔らかな温度が満ちる。
　修は、笑顔で、あおいに声を投げた。
「あおい、一緒にケーキを食べに行かないか？　評判の店があるんだよね」
「わ、行きたい行きたい！」

「良かった。ぜひ、あおいに紹介したいスイーツがあるんだ」
　あおいが声を華やがせるのに、修は、ふわりと優しく笑み零した。

　そして、図書室通いの帰り。
　あおいがすぐにＯＫの返事をくれた嬉しさを噛み締めながら、修は、あおいを件の洋菓子店へと導いた。
　修が店内のカフェスペースで注文したのは、あの日と同じ、珈琲のケーキだ。
　精緻なチョコレートの飾りは美しく、心地良く香る珈琲の匂いは修の心を安らがせる。
「美味しそうだね」
　と、あおいは、悩む彼女に修がおすすめしたショートケーキを前に、笑った。
　いただきますを唱えたら、さあ、美味しい時間の始まり始まり。
「わ、このショートケーキ、めちゃくちゃ上品！　生クリームがすごく美味しい！」
　流石、修君のおすすめだね、とあおいが声を弾ませる。
　にこりとして、修も、自分のケーキを口に運んだ。
「……うん、美味しい」
　ゆったりと流れる幸せな時間が、修の口元を、ふふ、と綻ばせる。
「そういえば、」
　ふと、あおいが言った。
「ここ、ちょっと前に、夢の中に出てきたお店にそっくりなんだ」
「へえ、そうなんだ」
「そう、びっくりしちゃった」
「どんな夢だったんだ？」
「それは……えっ、と……ケーキを食べる夢だよ。こうやって、修君と」
　言いながら、あの日の出来事――彼女にとっての夢を思い出し、真っ赤になるあおい。
　そんなあおいの様子が、修にはくすぐったかった。
「話し辛いなら、無理しないで。夢の話だしね、大丈夫だよ」
　にこ、と笑顔を向ければ、あおいも、ほっとしたように、はにかむような笑みを咲かせる。
　今度こそ『現実』になった幸福な時間を、修は、ケーキの味わいと一緒に楽しんだ。

このページにイラストを設定する