たとえ今日が、終焉（おわ）りゆく明日の始まりだとしても｜リアクション

たとえ今日が、終焉（おわ）りゆく明日の始まりだとしても

　ぱたん、ぱたん、と響くのは、寝子島高校の廊下を歩く自分の足音だ。
　さすが夏休み、普段は賑やかすぎるくらい賑やかなこの場所が、能の舞台みたいに静まりかえっている。
　窓の外を眺め八神修は目を細める。
　白い。
　盛夏八月、その陽射しは白い。ひたすらに。
　その白い光景の向こうに彼女はいた。制服姿で。
「おや」
「あれ」
　たがいに二文字ずつ発して、修は野々ののこと向かい合っている。
　この状況でこの場所で、ふと出会うなんて珍しいことだ。
　廊下の途中の掲示板、これをののこはぼんやりと見上げていたのだった。
　といっても夏期休暇中の掲示板に、血湧き肉躍る情報があるはずはない。せいぜい、『夏休み中は暴飲暴食に注意しましょう』という百年前からあった風な見出しの『保健だより』があるくらいだ。
「どうしたんだ？」
　こんな日こんな時間のこんなところで、という後半部分を省略して修は言った。
「散歩だよ。退屈しのぎの」
　寮にいてもすることないし、とののこは言い、修くんこそと問い返す。
「俺？　朝練上がりだよ」
「新聞部の朝練？　キーボードの早打ち練習でもするの？」
「そう、一分間で三百文字が目標。新人なら百文字できれば上出来。俺の最高スコアは三百五十で……って、冗談だからな」
「ああそれジョークだったの？　割と本気にしてた」
「なんでやねん」
「そのイントネーションだと関西出身の人に怒られるよ」
「ははは、それは失礼……いや待て、話がずれてる」
　修は後頭部を軽くかいた。ののこが相手だと妙な会話ペースになりがちだ。ののこのキャラがそうさせるのか、自分とののこの間では、この手の化学反応が発生しがちなのか。
「ほら俺、射撃部でもあるだろ？　新聞部の活動は夏休みは少ないが、射撃部は運動部なのであるんだ、朝練」
「おお、スポ根」
　合点がいったと言わんばかりに、ののこは両手をパンと合わせる。
「いや、そこまでの話じゃない。朝練といってもそもそも強制参加じゃないし軽いよ。疲れすぎない範囲なら、勉強の効率も上がるからね」
　我ながら『優等生』過ぎる回答かもしれないと思ったが、ののこは特に感慨もないようで、
「そういえば」
　と言う。
「シャワー浴びてきたってとこ？　修くん、髪しっとり」
「ああ、ドライヤーはほどほどにして、主として自然乾燥に任せてる」
　それはそうと――と修は言いかけた。ののこが「退屈しのぎ」と言い切ったところが気になっていた。しかし機先を制するように、ののこは言ったのである。
「あおいちゃんなら帰省中だよ」
　わかってますよ、とでも言いたげな口調だ。
「そうみたいだな」
　まあそんなところだろう。いまごろ七夜あおいは、幼いきょうだいの世話に追われているに違いない。
「小腹が空いたけど……」
　修は胃のあたりをさすった。
「学食は、さすがにやってないか」
「だよねえ。実を言うとさっきちょっとのぞいてみた」
「甘い物が欲しくなってね」　
　その言葉がふたりきりの符牒だったかのように、学校そばの駄菓子屋に行くことになった。
　午前の白い陽射しのなか、連れだって歩く。

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