【星幽塔】第一階層　突然……summer vacation!｜リアクション

【星幽塔】第一階層　突然……summer vacation!

●浴衣の妖精？！

　瑠璃茉莉色の艶やかな髪を靡かせ、お揃いの瑠璃茉莉を品良く散りばめた白地の浴衣から、ちょこんと可愛らしい天使のような白い翼をふよふよさせている女の子が森にいた。アリス・ミーティア。齢５０１歳だが、見た目と気持ちはいつでも１０代女子である。
　最近の第一階層の暑さに辟易していた彼女。そうだと思い立ち、寝子島で買ったお気に入りの浴衣を身に纏い、今日はBarアストラルに出勤してきた。
（この服、割と涼しいし……いつもより大人っぽくなるかも？）
　彼女の考えは見事的中。まだまだ星幽塔では珍しい浴衣姿は同僚達に大好評だった。
　むふふとご機嫌のまま、アリスはマスターに頼まれ、森に食材を探しに来たのだが……。

「あ、これなんかデザートに良さそうじゃない？」
　湖の近くの森に出掛けたアリス。ひんやりとした森の中で、彼女はひょいと小さな紫の果実を手に取った。そして「まずは味見よね！」と、そのままパクリ。甘酸っぱい果汁が口に広がり、アリスは思わず頬に手を当て、その目尻を下げたのだが。
（森にある紫の果実……何かお客さんから聞いた気が……）
　記憶が頭をよぎったのと、視界が変化したのは同時だった。突然グングンと周りの木々や植物が成長し始めたのだ。
「ん！？　木が伸びてる？　何が起こったの？！」
　アリスは驚いてきょろきょろと辺りを見回す。その間にも木々の葉はもう遙か頭上彼方、草花はジャングルのように生い茂り、今まで気にも留めなかった虫達が動物のように辺りを闊歩している。ここでようやくアリスは悟った。
「えっ？　私が縮んでる！？」
　ほええ～とアリスは天を仰ぎながら艶やかな唇を丸くした。そういえば、バーのお客さんに聞いた気がしたのだ。森には身長を縮めてしまう果実がある事を。
「そっか、これだったのね」
　ふ～んとアリスは可愛らしく小首を傾げる。そしてにっこりと笑った。
「楽しそう！」
　そうなのだ。冒険は大好きな彼女。こんな経験……願ったり叶ったりだわ！
　―――501歳の余裕なのかもしれないが。

　それからアリスは目一杯、何もかもが大きくなってしまった世界を堪能した。鳥や蝶に混ざって花の周りを飛んでみたり、花弁に頭を突っ込んで蜜をお腹一杯舐めてみたり。
　ふよふよと花々を飛び回る彼女の姿は、妖精そのものだ。それも、浴衣を着た珍しい妖精。

「……っといけない、そろそろ帰らないと」
　木の枝に座り、小鳥と合唱していたアリスはふと気が付いた。店の忙しくなる夕方までには帰ってこいとマスターに言われてたんだっけ。
「ええと、確か『モドリ』ってキノコよね……」
　アリスは辺りを見回した。紫の実の話をしてくれた冒険者の話では、地中から生えているというキノコを食べれば元に戻るらしいのだ。木の根元に生えてるけれど、注意しろと言っていた。確か黒白の豚がそれを大好物にしてて……。
「あーっ、豚さんダメーっ！」
　アリスは思わず叫んだ。まさにその黒白豚が、自分の眼下でブヒブヒ楽しそうに土を掘り返していたのだ。
　アリスは慌てて木の根元に飛んでいく。そこにはぽっかりと穴が空き、黒白豚は満足そうに息を吐いて行ってしまった。
「うー、探し直しかぁ」
　アリスは肩を落としながらふよふよと飛び始めた。早く見つけて戻らないと。広場で食材も買わないといけないんだから。

このページにイラストを設定する