【花火大会】夏の夜花に何を見る｜リアクション

【花火大会】夏の夜花に何を見る

〇姦しい人々

　落合まゆらは、専門学校の友達と３人で花火大会へやってきた。
　寝子島アニメーション学院で声優を目指している、趣味が合う仲間だ。
「それ、今度のネコミケの予行演習？」
「ミスティだよね？　攻めてる！」
　２人からそう突っ込まれた今日のまゆらの格好は、和ゴスな浴衣に可愛らしく結わえたツインテールの髪。
　ちょっとしたアイドル風に見えなくもない。
　実はこの和ゴス風な浴衣は、まゆらの人生を大きく変えたアニメ『魔法少女ミスティックアリア』の主人公が着たものだったりする。
『だいじょうぶ！　あなたはもっと、ずっと、自由でいられるから。そう、あなたらしく！』
　そんな台詞が、内向的で半ばひきこもりだったまゆらの世界を変えてくれたのだ。
「一度は着てみたかったんだからいいじゃない」
　と返すまゆらの表情は、そんな時代があったころが信じられないくらい明るい。
「普通の浴衣も持ってるけど、これは偶然、ニャフオフで売ってたのを衝動的に速攻ゲットしたの」
「それ、サイズは確認したんだよね？」
「いや、幸いサイズはあってたけど、そうでなければ3000円パーになってたわ」
「無茶しやがって～」
　会話が盛り上がる中、屋台の並ぶ通りを歩くとやはりというか、まゆらは結構目立った。
　普通の浴衣や、あるいは普通の私服の人の中では和ゴスの浴衣は目立つ。友達が普通の浴衣なので、余計に際立って見える。
「ちょっとーまゆちん、注目の的じゃない？」
　友達もそれに気づいて突っ込みをいれてくる。
　単なる物珍しさではなく、まゆら自身それが非常に似合うのでなおさら目立つ。視線が注がれるのを感じる。
「……そう？　プロデューサーさん声の仕事くださーい！」
「営業か！」
「確かに、これだけ人がいるんだからプロデューサーさんの一人や二人」
「ゲームの中のＰはお仕事くれませーん！」
　友達と笑いながら、
（もっとも、視線が注がれてるの私じゃなく今の服装だものね）
　と独り言ちる冷静なまゆらである。

　思えば今年の夏はのっけから最悪の出だしだった。
「水着令事件」それは思いだしたくない黒歴史。
　あまりの暑さに、アニメの中の水着令を現実のことと取り違えてしまい、ビキニ姿で外出してしまったのである。
　忘れようとしても忘れられない……あれは今でも赤面する。
　それに比べたら、和ゴスの浴衣を着て目立つ方がまだマシだ。

　最悪の記憶を振り払うまゆらに、屋台を熱く見つめる友達が声をかける。
「ねえ、何買う？」
「甘いの食べたい！」
　反射的に答えるまゆら。
　夜はようやく始まろうとしている。
　人込みで賑わう海岸は、毎朝早起きしてボイストレーニングしている場所と同じとは思えなかった。
　
　女三人いれば姦しいというが、花火が始まるまでの間まゆらたちはノンストップで話しまくった。
「あともう少しじゃん、トイレ行っておこうよ」
「こういうとこ混むんだよね～、あ、三人で行ったら場所取られちゃうじゃない？」
「じゃあどうするのよ、一人残るの？」
「ここはオレに任せて先に行け！」
「むしろトイレが来い！」
「もう、早く行かないと～」
「すみません！　ここ荷物置くんで見ててもらえますか～？」
　結局近くの家族連れに荷物を押し付けてトイレへ向かったり。

　ドーン！
「あ、始まった！」
「たまや～！」
　花火が始まったらおとなしくなるのかと思いきや。
「凄い！　あの花火ファーストニャンダムのサンビームっぽくない？」
　花火にツッコミ入れたりしてしまうまゆら。
「はいはいニャンオタ乙」
「あーわかる！　けどそれ彼氏の前で言ったらひかれるよねー」
「え、彼氏いるの？」
「たとえばよたとえば」
「ニャンオタの彼氏なら問題なし！」
　花火の音に負けないくらい話が盛り上がる三人なのだった。
　美声の無料ショーに、近くの家族連れは笑いながら耳の保養も楽しめていたようだ。