にゃんこ化する日｜リアクション

にゃんこ化する日

●
　朝鳥さゆるにとって、隣に見知らぬ誰かが寝ていることは日常茶飯事だった。
　行きずりの異性と一夜を過ごすのは、なにも今回が初めてではなかったから。
　問題は、なぜか目覚めた目の前に絨毯があること。

　昨日の夜は、ベッドの上で確かに寝たはずなのだ。
　もっとはっきりと言ってしまえば、見知らぬ男とともにベッドの上で、だ。

　なので目覚めた時最初に目に映るのはベッドのシーツか男の顔か。
　そのどちらかであるはずなのに、絨毯。

　寝相は、それほど悪くないわよね？

　いままで床の上に落ちた記憶はない。
　ベッドから落ちればその瞬間に気づくだろうし。

　ぼんやりとする頭で、周囲を見渡す。

　……この腕は、なに？

　ベッドの上から、腕が垂れ下がっている。
　白く華奢な腕だ。
　手首には、昨日の夜、さゆるが男に貢がせたブレスレットが煌めいている。
　ということは……。

　この腕は、あたしの腕？

　ここにさゆるがいるにもかかわらず、ベッドの上にはさゆるが眠っていた。
　その隣に誰もいないのは、男はすでに部屋を出た後なのか。

　ベッドでぐっすりと眠っているさゆるの身体に、そっと手を伸ばしてみる。
　
　え、待って頂戴。
　どうして、あたしが伸ばした手が白いのかしら。

　ベッドの上に伸ばそうとした手を引っ込める。
　色白などというレベルではなく白い。
　真っ白な毛がさゆるの手を覆っている。

　まさかこれは、猫になっているという事なの？

　両の手と、体をゆっくりと見回してみる。
　真っ白な毛に覆われた体は、間違いなく白猫のようだ。

『にゃー』

　ため息とともに、またなのと呟いた声は、にゃーという鳴き声に変わった。
　おそらくこれは、神魂のせいだろう。
　さゆるの鳴き声に、ベッドの上のさゆるの身体がピクリと反応した。
　
　猫になったさゆるは、ぴょんっとベッドの上に飛び乗り、眠る顔の前に座る。
　気配に気づいたのか、茶色の瞳がうっすらと開き、猫のさゆるを見つめる。

「にゃーぅう？」

　気だるげに、それでいて色っぽく。
　猫のように鳴きながら、ベッドの上のさゆるは、猫のさゆるにするりと頬を寄せる。

　……中身が入れ替わったのかしらね？

　この、白猫がいつ部屋に入ったのかはわからない。
　けれど、このベッドの上のさゆるの様子だと、猫になったさゆると中身が入れ替わったと考える方がよさそうだ。

『にゃぅ、にゃー？』

　手招きするようにベッドの上のさゆるが手を揺らすので、白猫姿のさゆるは、招かれるまま腕の中に抱かれてみる。
　そのまま、窓からさす日差しの中で、さゆるは自分自身の身体に抱かれながら、ぼんやりと微睡む。
　いつ元に戻れるのか。
　そんなことはわからない。
　けれど自分自身に抱かれているせいなのか、それとも、暖かい日差しのせいか。
　ずっとこのままでいたいような、そんな満たされた想いが湧き上がってくる。

　猫のさゆるが腕の中から見上げると、さゆるの端正な顔が目にはいる。
　彼女も、とても幸せそうだ。
　

このページにイラストを設定する