ボトルメールの夜｜リアクション

ボトルメールの夜

【５】

　世に偶然という言葉はあるが、これはなかなかの偶然だろうとエレノア・エインズワースは思った。
　同じ日にボトルメールを２本拾う可能性は確率で言えばどのくらいものなのか。
　おそらく限りなく低いだろう可能性を引き当てたのだから、海岸の散策も悪くはない。
「……と思ったのですが、このボトル同じものですね」
　ふたつの瓶は形状も材質も同じ、中に入っていた手紙も同じ便箋だ。
　ということは、同じ人物は流したものだろう。そうなると同じ場所に流れ着くのはそうおかしくもない。
　それでもすごい偶然なのだが、少しガッカリしつつエレノアは手紙に目を通した。
　１枚目の内容はどうやら失恋に関するポエムのようなものが書かれていた。

　愛を感じ、愛を抱くことが日々の潤いだったけど、今の僕にとって愛は重荷にしかならない。
　だから愛を捨てようと思って、そうした。

　僕の愛は死んだ。

　愛を忘れたら、いつかは後悔する時がくるのかもしれない。
　でも今は、愛を知らなかったあの頃のような清々しい気分だ。

「なるほど。２枚目はどうでしょう……」

　こんな時に限って自動車は修理に出していることを思い出した。
　頭を抱えざるを得ない。
　でもまあ、まずは三夜湖だろうか。
　腕を組みながら考える。
　その後はエノコロ岬に行こう。
　思い出深い場所だ……足が重い。
　寝子島は狭くない島だ。
　広く回るとすれば、荷物の持ち運びという点からも腹を括らなければならないだろう。

　どうやら差出人はよほど失恋の傷が深かったのだろう。
　わざわざ手紙に書いて、ボトルメールにしたぐらいなのだから。
「はあ、日記ですか？　まったくくだらないものを読んでしまいました」
　忌々しくそう言って、手紙を捨てようとしたところで、ふとエレノアはひらめいた。
「いや、面白いことを思いつきました」
　２枚目の手紙にさらさらと一文を追加する。

　でも許してくれるよね、愛。

「あらあら不思議、トイレットペーパーにも劣る無意味なポエムの書き散らしが、バラバラ事件の犯人の独白に早変わり……」
　拾った人間に『愛は人名だった』と認識させる。
　なんとなく思い浮かんだイタズラにエレノアは不敵に微笑んだ。
　一本のボトルに手紙をまとめ、再び海へ流す。
「次に拾う人間が、私の脚本にどう反応するのか、考えるだけで愉快です」
　上機嫌で海岸をあとにするエレノア。
　しかし、彼女は気づいていなかった。砂浜に埋もれた３本目のボトルメールに……。
　エレノアの思いつきがただの思いつきで終わってくれればよいのだが……。

このページにイラストを設定する