ボトルメールの夜｜リアクション

ボトルメールの夜

【２】

　その日、青山絢は普段より早く目が覚めた。
　時刻は午前６時の少し前。学校に行くには早すぎる、けれどすっかり目が覚めてしまっていた。
　絢は制服に着替え、従姉妹と同居するシーサイドタウンのマンションを抜け出した。
「まぶしい……」
　覚めるような青空に太陽の光が降り注ぐ。
　早朝とは思えないほどまばゆく輝く太陽は１日の暑さを感じさせる。
　早くも肌ににじんできた汗を感じながら、絢は海岸へ続く道を歩き始めた。
（せっかく早起きしたんだし、ね……）
　海岸には人の気配はなく、ただ波の音だけが聞こえる。
　誰もいないのを確認して、絢はおもむろに服を脱ぎ捨てた。
　制服の下には水着。朝の海を楽しんでから学校へ……それもまた早起きの特権だ。
　波打ち際で静かによせる波と戯れる。海は少し冷たかったが心地よい冷たさだった。
（？　何かしら……？）
　ふと、泳いでいる絢のそばに何かが浮かんでいるのを見つけた。
　海の青に紛れてしまいそうな淡いブルーのボトルがすぐそばを漂っていた。
「中に入っているのは手紙みたい……」
　なんとなく無視することができず、絢はボトルを抱えて浜辺に戻った。
　濡れた身体を拭ってから、日差しにきらきらと光るボトルの封を開ける。
　折りたたまれて入っていた手紙を開くと、絢の目に幼い文字が飛び込んできた。
　つたなくアンバランスな文字の羅列、けれども手紙の主が一生懸命書いたことは伝わってくる。
（小さな子が書いたのかしら……？）
　どこか遠い場所の誰かに向けて、小さな子ががんばって書いたものだと思うと微笑ましい。
　興味を惹かれ読み進める絢だったが、この手紙は想像したものとは違っていた。
　思った通り、手紙を書いたのは幼い女の子のようだった。
　けれど、その内容は遠い場所にいる誰かへのお手紙……のような微笑ましいものではなかった。
　つい最近、亡くなったお母さんのことを想う気持ちが一生懸命綴られていたのだ。
（…………！）
　亡くなる前まで女の子の母親は元気そうで倒れる気配などまったくなかった。
　しかし別れは不意に訪れた。
　突然、倒れた母親は目を覚ますことはなく、そのまま遠い場所へ旅立ってしまった。
　どうしてお母さんはいなくなっちゃったの？　と綴られた文字に絢の手がかすかに震える。
　手紙には母親が亡くなってから、起こった出来事がひとつひとつ書かれていた。
　庭先に咲いた花のことや、お友達とのこと、美味しいお菓子の話題など。
（きっと、いつもそうやってお母さんに話していたのね……）
　胸を締め付けられ、絢は深くため息を吐いた。けれど、涙は出なかった。
　この女の子の気持ちは痛いほどわかる。絢も母との突然の別れを経験しているのだ。
「でも、どうしてこんな手紙をボトルに……？」
　疑問がよぎったその時、不意に小さな女の子の姿が見えた。
　絢の頭の中に光のように走ったそれは記憶……いや、想いの断片のようなものだった。
　この手紙を書いた小さな女の子の……。
　どうやら差出人の女の子の母親は海に近い街の生まれだったらしい。
　海に手紙を出せば、返事がくるかもしれない……そう信じて女の子はボトルを海に流したのだ。
　遠い場所に行ってしまった優しい母親を想い、いつまでもボトルの行方を見守っていた。
　想いの断片が手からすり抜けるように消えると、絢は手紙を再びボトルに戻した。
「……勝手に読んでしまって、ごめんなさいね」
　遠い場所にいる女の子へささやくようにそう言うと、そっと波の中へボトルを戻した。
　今度こそ、母のもとへ届くようにと願いながら。