参道商店街のお留守番｜リアクション

参道商店街のお留守番

○宮祀青果店

「それじゃ行ってらっしゃい。お土産よろしくね」
　宮祀智瑜は、八百屋を営んでいる祖父母をバスツアーに送りだしました。
　静岡旅行ということで、お土産にはお茶を使ったお菓子を頼んでいます。
　祖父母を見送ると、智瑜はさっそく掃除を始めました。
　一人で店番することもあるので慣れています。
　お店のエプロンをつけて店頭に野菜を並べて。
「おはようございます」
　通りかかる人に挨拶は欠かしません。

「いらっしゃいませ！」
　やってきたお客を見て、智瑜の顔はぱっ、と明るくなりました。
「義弘先生！　おはようございます」
　桐島義弘先生でした。
「おはよう宮祀。今日は一人か？」
　今までにもお客として来てもらったこともあるので、今日も密かに期待していたのです。
「はい。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが町内会の旅行に行ってるんです。先生、今日のメニューは決まっていますか？」
　とびきりの笑顔で尋ねる智瑜に先生は答えます。
「野菜炒めを作ろうと思っている」
「それでしたら……人参、玉ねぎ、キャベツ、ピーマンはいかがでしょう？」
　微妙に先生の目が泳ぎました。
「そうだな……人参と玉ねぎとキャベツをもらおう」
「ありがとうございます。先生、結婚したらいい奥さんになれそうですね」
「なっ……先生をからかうもんじゃない。奥さんにはならんぞ」
　智瑜はくすっと笑いながら思います。
（エプロン姿も見てみたいです）
「そうそう、買ってくれた人に野菜ジュースをサービスしてます」
「野菜ジュース？」
「蜂蜜も入ってて飲みやすくなってます。夏バテも気を付けなくちゃダメですよ。はい、先生、どうぞ」　　
　手渡されたジュースの成分量を義弘先生はしげしげと見ました。
　苦い系ではなく美味しそうなデザインを見て、安心したように受け取ります。
「うむ、ありがとう」
　さっそく口をつける義弘先生を見つめながら、智瑜は話し続けます。
「先生は野球部の顧問だから外に居る事も多そうです」
「そうだな」　
「うちの野菜を食べて、帽子を被ったり屋根の下に居たり暑さ対策を万全にして欲しいです。倒れたら看病に押しかけますからね」
「おいおい」
　義弘先生は冗談と受け取ったようですが、智瑜は本気でした。
　けれどその話を突き詰めることなく、智瑜は話題を変えました。
「夏野菜は夏バテにも効果があるんですよ。胡瓜とかトマトとかピーマンとか。義弘先生は好き嫌いはありますか？」
　ピク、と先生の肩が動き目が泳ぎました。
「いや……その、ああ、野菜の大切さはよくわかっている」
　その視線は一瞬ピーマンに向けられ、すぐにそらされたのでした。
「ピーマンは肉詰めが美味しいですよ？　先生なら料理が得意ですから美味しくできると思います」

　ピーマンの肉詰めのコツを説明した後、智瑜は嬉しそうに微笑んで、野菜をたくさん抱えた先生をお見送りしました。
　もちろんその中にはピーマンも入っているのでした。
「ありがとうございました！」

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