水の島、寝子島｜リアクション

水の島、寝子島

　太陽はぎらぎら、空気はむんむん。
　ときたま髪をそよがす程度の風が吹くが、弱々しくて涼しさは欠片もない。
「暑いぞ……」
　『暑い』なんてありきたりな言葉だけれど、他にぴったりな言葉がないからそう言うしかない。
　マジ暑い。
　暑すぎる。
　なんなんだ、最近のこの暑さは。異常気象か？
　去年より暑くないか？　もしかして。
　御剣刀は黙々と考える。ただ、そういった考えは表情には一切表れていないから、きっと彼とすれ違ったり、目撃した者たちは、いつもの彼だと思っただろう。
　信号待ちをしていると、直射日光を浴びた地面から上がってくる、むわんとした熱気が腕や顔に当たる。
　横の常緑樹にとまったセミたちの声が、さらに暑さを倍加する。
　にじんだ汗にシャツははりつくし。
　ああまったく、憎らしいほど暑い。たぶん、こういうのを『うだるような暑さ』と言うのだろう。
　……結局、『暑い』なのか。やってられない。
　だが、こういうときこそあるいは修行のときと思うべきなのかもしれない。
　発想の転換。
　逆境に耐え、勝ち抜き、乗り切れたら、俺は一つ上の舞台に立てるかもしれない！
　ぐっ、と手を握る力を強めてみるが……どう考えても、ちょっと無理がありすぎやしないか？
　まあ、剣術の練習しよう。

　少しでも涼を求めて、寝子島神社の境内へ向かった。
　木々が林立し、静寂に包まれたイメージから、あるいはと思ったのだ。
　しかしここにもセミは追ってくる。
　ミンミンミーーン
　ミンミンミーーン
　ジージジジジジー
　しかしそれもまた自然。森羅万象の理の内なれば、心頭を滅却し、無にならんと欲す。さすれば火（日？）もまた涼し――
「くなるはずがないよな！」
　素振りしていた刃引き刀の先を地面につけて、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
　暑いものは暑い。それを否定するなんて、ばかげている。
　むしろ受け入れるべきだ。
　そうしないと、一つ上の舞台へ立つ前に、あの世への階段の前に立つことになるぞ！
「……確かこの神社の近くに池あったよな、その近くなら涼しそうだ」
　そっちへ移動しよう。

「うん、やっぱりこっちの方が涼しい……気がする」
　先までと違ってここのセミの鳴き声も、少し穏やかなように感じられて。池のほとりに立って、大きく息を吸い込んだ。吐くと同時に体に残っていた最後の熱気も外へ出て行った気がした。
　ようやくひと息つけた。
　そう思ったとたん、やる気が戻ってくる。
「よし、やるか」
　刀を構え、素振りに戻った。

　無言で刀を振ること数十分。
　いつものコースを終えて、神社の手洗い場を借りに向かった。
　蛇口から直接頭に水をかぶって、熱が冷めるのを待つ。
「……こんなに暑いと、海とかプール、行きたいかな」
　まぶたの裏に浮かぶのが知り合いの女性たちの水着姿（妄想）なのは、健全な男子高校生には当然のこと。そしてそこに、ちょっとした、ラッキースケベ的な不可抗力ハプニングを期待したりするのも、まあ年相応か。
　おかげでちっとも頭から熱が引かない。
　今度遊びに行く計画を立てたら、彼女たちも乗ってくれるかな？
（そういえば、あの子。中山紗那ちゃん。夏休みにこっちへ来る計画を立てているって言っていたな。
　彼女が来たときに案内できるよう、いろいろと前調査しておいてもいいかもしれない）
　首の角度を変え、空を仰ぎ見る。
　くっきりと浮かんだ白い雲とどこまでも青い空のコントラストがきれいだ。
　――うん。
　会えるのが楽しみだ。
　

このページにイラストを設定する