水の島、寝子島｜リアクション

水の島、寝子島

　きょうは海開きだったが、深林真瞭がビーチについたとき、見える人影はまばらだった。
　平日だからだろう。午後になればもっと人も増えるかもしれない、と思いつつ、更衣室へ向かう。
　本当なら、真瞭も今日は仕事だった。だけど気付いたら事務所に電話をして、「体調が優れないからきょうは休む」との連絡を入れていた。
『そう。最近暑い日が続くから、そのせいかもね』
　無理をしないようにね、という気遣いの言葉を最後に電話は終わった。
　深く理由は聞かれなかった。こんなに簡単に引き下がられるとは思っていなかった。
　思いやり……なのかもしれない。
　体調が優れないのは嘘じゃない。だけど、根本のところで体ではない。心に体が引きずられている。それを、事務所の人もうすうすと感じていたのかもしれない。
　たぶん、１日休みを入れたほうがいいのだ。先々を見れば。彼らだってきっとそう思っている。
　ほんのちょっぴり感じる後ろめたさを押しやって花柄のバンドゥビキニに着替えると、タオルを手にビーチへ出た。

　木陰を見繕い、広げたレジャーシートに重しのようにビーチバッグを置いて、さっそく海へと入る。
　ほてった体に海の水は冷たく、肌を流れる感触が気持ちいい。
　ひとしきり泳いだあと。空を仰ぎ、そこに広がる青を見つめて、あああれから１年たったのか、と思った。
「……私、あまり変わってないわね」
　独りごちる真瞭の耳に、浜のほうではしゃぐ女性の声が届く。
　パステルブルーのビキニに見覚えはない。
　だけど、それを着た女性の顔は――……。

「りさちん……？」

　真瞭は気付いていなかった。
　そう声に出したことも、自分が息を止めていたことも。

　それは親友の理紗子だった。最後に会ったのは花見のとき。それ以来の再会。
　同じ島にいるのに……。
　でも、避けるのはとても簡単なのよ。どんな場所だって。
（…………）
　真瞭はそっと水をかき、ビーチへ向かう。
　理紗子も気付いていた。

「久しぶりだね、まーちゃん」
「りさちん……元気にしていた？」

「元気よ。あなたは？」
　真瞭は近づく理紗子を待たずにシートへ行き、タオルで髪をたたき、体を拭いた。
「……私も」
「よかった。それにしても、すごい偶然ね。
　きょうはお仕事お休み？」
「ええ。あなたも？」
「私は――」
　２人、並んで話していても、昔のような気安さはなかった。
　何もなかったように目をそらし、考えないように心を遠ざけて――護っている。身構えている。
　これが20年前なら、互いに心をむき出しにして、言い合って、互いに傷つき、同じぐらい傷つけて、またやり直せたかもしれない。
　だけどそうするには歳をとりすぎてしまった。お互い、手管を覚えてしまった。
　ただその場をしのぐだけの手法。
　上っ面をすべるだけの言葉を口にし、会話をかわし、ほほ笑みあう。
　何も心に響くものはないと知りながら。

　日焼け止めを塗りあって、腕を枕に俯せになった。
　そっと目を開けると目の前に理紗子の安らかな面がある。
　そのことに、ただただ悲しみしか感じない。
　もう、彼女が何を考えているか、わからない。
　心の傷はまだ癒えそうにない。
　

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