水の島、寝子島｜リアクション

水の島、寝子島

　暑い。
　テレビのニュースでは温度計を持ったアナウンサーが、「きょうも真夏日です」と言っていた。
　詳しい温度は見る気にならない。はっきり数字で知ってしまったら、きっとますます暑く感じることになってしまうだろう。
　今だって、十二分に暑いのに。
　佐藤英二はＴシャツの前に指を入れると、引っ張ってぱたぱた空気を送り込んだ。
「暑いから、きょうは涼しそうな川辺でのんびりしてみようかな？」
　水のそばだと気温が下がると、何かで聞いた覚えがある。どうしてそうなるか、詳しい原理はド忘れしたけど。
　そうと決まれば、さっそく準備だ。
　外出するのに必要な物をバッグに入れて。
「よし出発！」
　スニーカーを履いて、桜花寮へ向かった。

　正確には、桜花寮の近くに流れる桜川へ、だ。
　景色が良く、腰を下ろすのに適当な場所を探しつつ、川べりに沿って歩く。
（野々さん、いたりしないかな？）
　なんて、思ったりもして。
　もちろんそんな偶然、あったりしないんだけど。
　でも、そんなふうにふと思ったりすることに、ああ、僕は本当に彼女のことが好きなんだな、と思う。
　どれくらい好きか、なんていうのはわからないけど。
　ただ、彼女の明るい姿とか、その笑顔とか。見られると胸がほっこりして、こっちまでうれしくなってくる。また見られたらいいな、と思うし、彼女との間にある、今の距離感を大事にしたいとも思っていたり。
　無理に決めつけたりしないで、いつか自然とランディングするのを待つのもいいんじゃないだろうか。
　それまでの過程を楽しむ気持ちで……。

　止まりどころを見出せないままなんとなく、保冷水筒に入れてきた冷たい麦茶を飲み飲み、上流に向かって歩いていると、なんだ川幅が狭くなって、川べりもごろごろした石だらけになっていた。
　もう景色がいいとか腰を下ろすに最適の所どころの話じゃなく、左右は鬱蒼とした林（森か？）になって、斜面になって、ひたすら前へ進むだけが目的になってしまう。
「……これ、ハイキングか……？」
　いや、それとも違ってるような……。
　汗を拭くために出したタオルを首にひっかけ、よいしょと岩を越える。
　初めて来た場所だが、方位磁石もある、川に沿ってきたのだから川に沿って下れば知った場所へ戻れるはず。
　そう思って、ひたすら前に見える障害を越えていった。
　そうすること数時間。
「……いや……さすがにもう、いいだろ……」
　両膝に手をつき、ぜえぜえ息を吐き出しながら、自分に言い聞かせるように呟いた。
　ある程度息が整ってから身を起こし、ふうと息を吐く。
　帽子を脱いで外気に髪を触れさせると、頭がすっきりした。
「よし！　ここに決めた」
　バッグから出したレジャーシートを広げて、お菓子の箱を開ける。
　木の枝や葉を透かして届く木漏れ日や、葉擦れの音が耳や目、肌に心地よかった。
　両手を後ろにつき、背筋や足を伸ばして、静かにそれらを満喫する。
　ちょっと苦労したけど、来てよかったと思った。
　そんなことを思いつつ、クッションを枕に軽い眠りに入る。
　目を閉じて横になっていると、川から届くせせらぎだけが感じ取れた。
　その流れる音は、ゆっくりと……深く深く、体の奥底まで下りていく。その道筋に沿って、浄化されていくような気がした……。

　目覚めると、ほんの２時間ほどだというのに、ぐっすりと眠った後のように体の疲れが取れていた。
「そろそろ帰らなくちゃな」
　まだ明るいけど、それは夏で日が長いからで。もう５時を回ってる。
　クッションやらゴミやら、出していた物を手早くバッグに戻して肩にかつぎ、帰途につく。
「ねずの湯に寄って、汚れを落としてから帰ろう」
（今度野々さんに会ったら、きょうの探検を話そうかな）
　あの感覚について話したら、面白がってくれそうな気がする。
　興味津々顔で話を聞いてくれるののこの顔を見るのが待ちきれないと思いながら。
　

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