●テスト３日目：家庭科～昼休み


　ゆんゆんゆんゆん……。
　わちしは３年５組で試験を受けてます。
　クラス、出席番号、名前の欄には「狗民 きとり」ってあちしの名前を書いて……。
　え？　あなたは『いぬみん』でしょ、って？
　試験なのであしちの本体さん、いぬみん星のお姫様いぬみんは鞄の中でお休み中。
　学校のなかではちゃんとフツウの高校生するのが、わちしなんです。

　よんよんよんよん……。
　テストなんです。たいへんだよ。
　わちしも頑張ってはいるけど、なかなかひとすじなわでは行かなくて……。
　四苦八苦してる最中にカレーですよカレー。テストがここまで２日連続でカレー。
　わちしのおなかへりまくり……。
　きっと家庭科のテストにはカレーに使われるスパイスの原材料とか出てくるに違いないのです。
　栄養素的にバランスはどうなるかとか出てくるのです。
　視覚的にカレーの写真とか出てくるのです。出てくるの……。
　きっとそうだよ。わちしはかしこいのでわかるのです。

　やんやんやんやん……。
　ない。カレーの問題が、ない！　まさかの！？　写真もない！
　え？　『ライフステージ 人の一生』についてが試験範囲？
　第一問、幼年期・児童期・青年期・壮年期・老年期となにかを書け？
　第二問、自分の今後の人生のライフヴィジョンを考えて書きましょう？
　それって、わちしの？　いぬみんの？
　ぐるぐるぐるぐる、考えてもわからないの。瞼が下がって来ちゃうのよ……。

　ゆんゆんよんよんやんやん……。
　夢をみたの。いぬみんとわちしはいぬみん星の空を飛んでいたのよ。
　それからいぬみん星で歓迎のカレーを食べたの。
　美味しいカレー。辛いカレー。辛い！？
　そーでした、眠かったらかじって起きようと、ペンのおしりに辛味をつけておいたのでした。
　でもこれ、ちょっとおいしい、かも？
　そして汗がブワってデルの。ぶわっと。
　わちしはいまはちゃんときとりなので、ちゃんとハンカチでふいたりするよ。
　いぬみんみたいに全身ぶわーってやってとばしたりはしないんだよ。
　……いぬみんもやらないな、そんなの。
　でもいぬみん星人はやるかもってぼんやり思ってたら試験が終わったの。
　人生のライフヴィジョンを書きましょうの欄には「音楽やアートで異文化交流します！」って書いたのよ。
　いぬみんは地球でわちしたちと異文化交流してるし、わちしはいつかいぬみん星へ行って、いぬみん星人たちと異文化交流してみたいのよ。
　わちしにはわかるのです。きっといい点取れるのよ。

◇

　こうしてなんとか三日目の試験も終わり昼休みになった。

　鴻上 彰尋の普段のお昼は、持参したお弁当だ。母子家庭で四人兄弟の次男坊である彰尋は、母や兄が働いていて自分が弟妹たちの面倒を見なければならない立ち位置にいることを早いうちから察し、自然と家事を覚えていった。だから、エプロンを付けて台所に立つのも、お弁当のウィンナーをタコさんにするかカニさんにするか悩むのも、そんなに抵抗はない。
　しかし今日は、お弁当を敢えて持参しなかった。
　昨日から妙に、廊下中に張り出された『灼熱カレーな四日間』の文字が誘惑してくる。
（カレーの誘惑が辛い。……なんてね。いっそのこと食べに行こうかな？）
　お財布を握りしめ出た廊下は、学食へ向かう学生や早々に帰宅する学生、ただその場で話し込む学生などで賑わっていた。彰尋は、隣の２年２組をちらりと覗いてみた。一見したところ、誘いたかった七夜 あおいのツインテールは見当たらず、まあいいか、と学食へ向かう。

　彰尋と同じように誘惑された生徒は案外多かったのだろう。
　学食もまた混みあっていた。
　行列に並んでカレーを受け取ると、彰尋は背伸びするようにして空いている席を捜した。するとその目に、柔らかく結い上げた茶色のツインテールの後ろ姿が飛び込んできた。しかも丁度一人のようで彼女の前の席が空いている。彰尋は人波をかき分けるようにして彼女の向かい側へ回り込んでみた。
「こんにちは、あおいさん。ここ、空いてる？」
「あ、うん。どうぞ」
　腰を掛ける。
　あおいのカレーは半分ほど減っていて、ラッシーで小休止していたところのようだった。
　彰尋もカレーをスプーンで掬って口に運んでみた。
「あれ、思っていたよりも、辛いかな……？　学食のカレーって中辛かなって油断してた……」
「私、毎日来てるけど、昨日より辛いよ」
「あおいさん、毎日来てたの？」
「うん。お昼になると妙にカレーって気分になっちゃって。初日よりだんだん辛くなってる気がする」
　辛さレベルは、彰尋が美味しいと感じるギリギリのところだ。
「結構辛いけど大丈夫？　お水、お替わりいる？」
「大丈夫」
「俺は辛いなあ。あおいさんのラッシー、美味しそう。買って来ようかな」
　買って来てもいいよ荷物見てる、とあおいが言ってくれたので、彰尋はさっそく買ってきた。
　ヨーグルト味の神の飲み物は、スパイスの辛さを緩和してれる。
「おいしい、口が安らぐ」
　カレーの辛さを紛わすように、彰尋は、テストどうだった？　とか、クーラーあるのに今日はなんだか暑くなかった？　などと話題を振ってみた。あおいはそれに、はふはふ、と頷く。
　辛くて頷くくらいしかできないらしい。
「家のカレーは甘口と中辛を混ぜて作るからこの辛さは新鮮。あおいさんちは？」
「はふ～うちも、もうちょっと甘かったかな。でも美味しいから、辛いけど食べられちゃう」
　そうこうするうち、いつのまにかふたりとも皿が空になり、取っておいたラッシーの残りを飲んでご馳走様。
　明日はもっと辛くなるのかな……今日来て正解だったかも、と思いながら席を立ち、あおいに手を振って別れた。たぶん明日は耐え難い辛さになっているに違いない。