●テスト２日目


＜本日のみやこセンパイ＞

　黒パーカーな都先輩は数学のテスト中すこし寝ていた。
　曰く、「数式って見てるとなんか眠くなるよね？　ならん？　あぁそう。離心率とか高次導関数とかいまいちよくわからんけども……そしてアッツイ」
　フードの中で火照った顔を手で仰ぐ。
　暑いなら、脱げばいいのに、黒パーカー。

◇

　『数式って見てるとなんか眠くなるよね？』
　都先輩の念波に『YES』と答えた男子がここに一人。
　２年９組の楢木 春彦である。口を押えて欠伸をし、うつらうつらしかけた瞼を擦る。
（あー数式見てっと眠くなっちまう。数学は前からさっぱりだったケド２年になったら益々ワケわかんなくなったよなー。コイツら日本語かよ……？）
　「解を求めよ」五行ある文章のうち、この最後の五文字は日本語と認めてやってもいい。
　しかしその前の五行引く五文字！　てめえらはダメだ！　何言ってるかわからん！
　選択問題は、テスト用の六角シャーペンを転がしてご神託のままに埋めた。
　困ったのは解答欄がひろ～く取ってあって文章や式で答えなければいけない文章題だ。
（あー、わかんねーこんなの勘！）
　適当に書いて、どっちだろうと迷ったときは思い浮かんだ内容を問題用紙の端に並べて書き、ペンをペンデュラムよろしく無心に持って指したほうを解答欄に書き写すということもしてみた。
（占いの才能はねーケド、まぁなんとかなんだろ）
　春彦はまた欠伸を噛み殺す。
　彼はまだ知らなかった。
　占い師の才能に、じつは満ち溢れていたことを。
　このテストがまさかまさかの９５点で返却されることを知るのは、まだ先である。

◇

　その頃、２年２組の教室では流血騒ぎが起きていた！
「きゃああああ！　萌ちゃん何やってるの！？！？」
　悲鳴を上げているのは担任の久保田 美和先生。
　鬼河内 萌が剣山でざくざく額を突き刺しているのだ！
　額にはいくつも小さな穴が空き、そこから流血する事態になっている。
「大丈夫。ボク、数学のテストを受けると失神しそうになるんで、ちょっとした気付けです☆」
　萌の笑顔はすでにヤバイ。
「お昼はカレー！　勿論、朝食も夕食もカレーを食べて来たよ！！　これが終われば大好きなカレーが食べられるこれが終われば大好きなカレーが食べられるこれが終われば大好きなカレーが……」
「きゃあああ！　血が！　試験中に筆記用具以外を机の上に出しちゃダメー！」
「解せぬ！　カレーと言えば鬼河内兄妹なのに解せぬ！　カレーと言えば鬼河内兄妹というのを運営に刷り込みたい！」
「何言ってるか分からないけどわかったわ！　だからもうやめてー！　続きは保健室で受けてー！」
　こうして萌は久保田先生に引きずられるようにして強制退出となったのであった……。

◇

　３年７組の小犬丸 信乃は、２年生の教室で起った事件など知る由もなく、粛々と試験を受けていた。
（腹が減った……）
　今朝、幼馴染で同じクラスで席も真後ろという忠義厚い鴉取 荘助が作ったご飯をたらふく食べてきたにもかかわらず、先ほどから腹の虫がきゅうきゅうと鳴いている。
（ええい！）
　お腹がすいたイライラで筆圧が高くなり、カリカリガリッ、と濃い文字が解答用紙に綴られていく。
（集中すれば何事もこなせる。否、この程度こなせねば爺様から叱られてしまうわ！）
　俺は今度の試験こそは荘助に勝つのだ！　と問題に取り組むが、そこにふわ～んとカレーの香り。
（ああ……かれぇらいすの誘惑が）
　余りにも抗いがたい香りに思わず鼻をひくつかせる。
（食堂の奥方様……お見事としか言えぬな。試験がおわったらかれぇらいすを食べに食堂に行くか？）
　荘助が作るカレーも美味いので学食に行くか荘助カレーを所望するか迷う所である。
（はッ！　無意識のうちにこの手がかれぇを答案用紙に描いて！）

　そのとき、信乃を溺愛するあまり留年までしてクラスメイトライフを楽しんでいる荘助は、さっさと問題を解き終えて、後ろの席から信乃観察を楽しんでいた。
（信乃さんお腹がすいたのかな。そわそわとする信乃さん最高に可愛いな～。漏れ聞こえてくる腹の虫の音すら妙なる調べ。そうだ、今日のご飯はカレーにしよう）

◇

　１年４組の嘉渡洲 稀跡は、無口でミステリアスな雰囲気の少女であった。裕福な家の生まれであったが、両親祖父母を亡くし、祖母の『私が死んだら、信頼できる者と共に、寝子島に行きなさい』という遺言に従って後見人の男性とともに寝子島へやってきた。後見人は星ヶ丘の家に暮らしているが、稀跡はその家ではなく星ヶ丘寮に入り猫二匹と暮らしている。
　
　二日目の試験が終われば、寝子高に入って初めての期末も半分が過ぎたことになる。
（何とか今日の分も終えられたけれど……試験中もお腹が空いて、困ったわ）
　なにしろ教室はカレーのいい匂いでいっぱい。すっかりカレーの気分だ。
　星ヶ丘寮には使用人がいるので朝夕は用意してもらえるが、お昼は食べていかなければ、と学食に寄ってみると、『灼熱カレーな四日間始まる』という張り紙が、所狭しと貼ってある。
「だから、試験中もカレーの匂いが漂っていたのね……」
　稀跡は半分納得し、もう半分の心で（教室にまで濃厚に漂うほどって相当ね。作りすぎたのかしら？）と首を傾げた。どうやら今はカレーのメニューしかないらしく、学生たちは「おばちゃん、ビーフカレー」「俺はチキンカレー」「私は夏野菜カレー」「タイ風グリーンカレー」「エビカレー」「イカカレー」「北の恵みのスープカレー」云云かんぬんと注文していく。
（カレー……だけ。普段様々なメニューに割いている労力を全てカレーに注ぎ込んだということかしら。変わっているというか……面白い、わね）
　とりあえず、カレーを食べてみましょう、と稀跡も列に並んだ。
　一般的な日本のカレーか、インド風の本格派か悩んで、インド風を注文する。
　銀色のお皿は、オレンジがかったスープに骨付きチキンがごろごろ埋まったインド風バターチキンカレーと、黄色いサフランライス。サラダ付き。
　空いている席につき、まずはカレーのみを口に運ぶ。
「……辛いけれど、おいしいわね」

　すると隣の席に座っていたアホ毛の女子と額に包帯を巻いた女子――野々 ののこと、保健室から復帰した萌であった――が、きゃぴきゃぴと感想を述べているのが耳に入った。
「この時を待ってた☆　カレーって最高に美味しいよね、ののこちゃん」
「うん！　でもなんだか昨日より辛くない？」
「ほんとだ。毎日、辛さが違うカレーを食べることが出来るなんて天国だね～☆」

　……昨日より辛い？
　稀跡は首を傾げる。
「あの、昨日もカレーだけだったんですか？」
　稀跡は隣の席の先輩方に恐る恐る聞いてみた。
「そうだよー☆　『灼熱カレーな四日間』の張り紙、見なかった？」
「見ました……でも、まさか、メニューがカレーのみとは……」
「そう！　カレーオンリーなの！　なんてすばらしい企画！　天国だよねっ！？」
「天国……」
　盛り上がるののこと萌のテンションについていけず、稀跡はそっとカレーを啜った。
　すぐに辛さと暑さで汗だくになる。ハンカチで汗を拭くが、タオルが欲しいくらいだ。
（そういえばテスト中も汗が出て大変だった気もするわ……）
　水分補給を……と思い水を飲んでみるが、辛さが強まった気しかしない。
　みんなはどうしているのかしら、と隣を見れば……。
「カレーは飲み物だよー？」
「わー萌ちゃんさすが！　私もー」
　胃袋に流し込んでいた！

（世の中にはまだまだ知らないことがたくさんあるのね……）

　稀跡はもくもくと自分のペースで食べ、
「ごちそうさま……おいしかったわ」
　と両手を合わせた。
　明日・明後日のテストも乗り切ろう、と思ったけれど、ふと妙な発想が頭をよぎる……。
（『四日間』……もしかしたら、明日も明後日も……学食はカレー三昧なのかしら……？）
　そして彼女たちは、明日も明後日もカレーを胃袋に流し込むのかしら……？

　答えは『YES』である。