寝子島ルネッサンス革命　ブルータス、お前もか｜リアクション

寝子島ルネッサンス革命　ブルータス、お前もか

　そんな折に、騒ぎを聞きつけたのかまた一人美術室に来客が現れた。
「うわっ、それ本物のトーガ？すごいじゃん！」
　趣味の裁縫のアイデアを探して、校内をぶらついていた御庭凪糸だ。トーガを身に着けたローマ人は、教室では明らかに浮いているが、凪糸は目を輝かせてブルータスに近づいていった。
「自分で一回着付けようとしたけど、カッコよく着られなかったんだよな～。なぁ頼む、ちょっと近くで見せてくれないか？」
　急に突撃されて、ブルータスは少し面食らった様子だ。
「う、うむ……見るだけなら構わぬ。観察されるのは慣れている」
　そういえば、このブルータスは元デッサン用石膏像だった。
「ありがとう！あ、オレは御庭っていうんだ」
「ミ、ニワ……？」
「言いにくかったら、ナイトでいいよ～」
「ふむ、ナイトか。良い名だ」
　興味津々の凪糸は、トーガを着こなすコツも聞き始めた。
「前に自作してみたときは、胸元がぶかぶかになっちゃって……」
「布を余らせすぎなのではないかね。詳しい着付けは奴隷にさせていたからわからんが」
　石膏像のままではわからない衣装の構造をこの機会に観察し、凪糸は頭の中に夢中でメモを取っていく。微笑ましい光景だが、刀は現実的な問題も気にしていた。
「石膏像が動き出すというのはフツウのことじゃない。ブルータスさんもこのままじゃ困るだろう。元に戻す方法を考えないと」
「あ、そんな場合じゃないんだっけ。どうして動けるようになったの？」
　凪糸が質問すると、ブルータスは眉根にしわを寄せて答えた。
「分からぬ。ただ、『誰かを待っている』ことだけは確かだ。その待ち人が誰か思い出せずにいて困っているのだ」
　ブルータスは懸命に記憶を探っているようだが、答えは出てこない。
「待ち人……美少年だといいなぁ。ブルータスさんは渋くてかっこいいタイプだから、色白で線の細いタイプの美青年がカップリングとして映えるかな？理想はローマ彫刻そのままのイケメンで……」
　タルトも一緒に考える――が、雲行きが怪しくなってきた。
「ブルータスさん自身事情が呑み込めていない中、『誰かを待っている』と口にした。これは重要なことだと思うんだ」
　刀が言葉を選びながら発言すると、泉先生が言いたいことを察したようだ。
「『誰かに会いたい』という強い思いが、神魂の働きと結びついてブルータス像を実体化してしまった。だからその人を連れてくれば、元に戻れるかもしれない、ということだな」
「そうです。いったい待ち人は誰なのか。多分この教室に来ていた人……生徒や元生徒、先生かはわからないけど。もしかしたら他の胸像かもしれない」
　刀が問いかけるうち、ブルータスはわずかに糸口をつかんだようだ。
「待ち人は、胸像として会った現代人ではない。その中に心当たりはないのだ。誰かを待たねばならないという思いは、おそらく私の生前の記憶から来ている」
「紀元前の人物……それだと会うのは難しいかもしれないわ」
　葉月は懸念したが、月詠が自分の意見を言った。
「実物は無理でも、彫像と引き合わせればいいかもしれない」
「残念だが、他のローマ人の彫像はここの美術室にいない」
　泉先生が付け加えた。
「それなら、美術室にとどまっていても待ち人には会えないわね」
　葉月は改めてブルータスの姿を見る。
「かといって、その恰好で外に連れ出すわけには……泉先生の服を借りる？」
「元が石膏像だとはわからないし、コスプレだって言えばいいじゃない……やっぱダメかな？」
　タルトが楽天的に言うと、凪糸が手を挙げて提案した。
「ねぇブルータスさん、オレたちの衣装に興味ない？さっきのお礼代わりにコーディネートしてみるよ。このまま待ってても来そうにないなら、外に探しにいくのも手だよ！」

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