テスト勉強しなくっちゃ。夏！｜リアクション

テスト勉強しなくっちゃ。夏！

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大学の前期も終わりに近づいた、ある日のこと。
仙藤紫が居間を通りがかると、妹の仙藤蒼が一人黙々とテーブルに向かっていた。
何をしているのだろうと視線を向ければ、テーブルの上に広がるのは教科書に参考書に問題集、それからルーズリーフ。
（そろそろ中学の期末試験だったわね。でもなぜ居間で……あ）
そういえば、蒼の部屋はゲームやら関連のグッズやら書籍やらで、とてもじゃないが勉強できる環境じゃあないのだ。
そんな普段からゲーム三枚の彼女だけれど、その割に成績はいいらしい。
少し詰まったのか、シャーペンをくるくる回して考える様子の蒼。すぐそばで眺めている紫には、気付いてもいなさそうだ。
その様子を見ていると、成績がいいのも少しわかる気がした。
一度何かに取り組むと周囲が見えなくなるほどの、集中力の高さ。勉強でも、それがこうして遺憾なく発揮されているのだから。
（そのあたりは姉妹、ってことなのかしらね）

そんな姉の視線にはまるで気づかず、蒼は黙々と試験勉強を続けている。
十数問目の２次方程式を解いたところで、一度シャーペンを置いた。
「なんでこう数式って書くのが面倒なのかな……」
小さく息をこぼす。ずっとシャーペンを握りっぱなしだった手を、軽くほぐすように振る。視線は変わらず、問題に向けられたままだ。
頭の方はまだまだ平気なんだけど、手がちょっと疲れてきた。因数分解が理解できれば、２次方程式は簡単だというし、実際その通りだとは蒼も思う。
ただ、数式を書くのが面倒なのだけは、なんとかならないものだろうか。
とはいえ、やらないわけにはいかないわけで。
来年は高校受験だし、そうなると期末の点数の重みも違ってくる。成績がいいからと油断してコケようものなら、親からはきっと白い目で見られるだろう。
（さすがにそれは嫌だし）
シャーペンを持ち直し、またあの面倒な数式をルーズリーフに書き始める。
窓から差し込む日が傾いていることには、蒼はたぶん気づいていない。

だから、夕食時になっても蒼が勉強を続けていたのは、至極当然なことで。
相変わらず集中している彼女は、紫が呼んでも、両親が呼んでもまるで反応しない。
多分、耳に入ってすらいないのだろう。
（──仕方ないわね、お腹が空いたら自分から台所に来るでしょう）
あれだけ集中しているのだから、邪魔するのも悪い。
聞こえてないのか、と居間の方へ行こうとした両親に、紫は「そのままにしておいてあげて」と声をかけた。
「あの子、今勉強に集中しているから」
そう言われたら、集中が切れるまで――それがいつになるかはまるで見当もつかないけれど――そのままにしておくしかないわけで。
蒼の分の食事は取り分けて、紫と両親は先に食事を済ませるのだった。

◆
くぅ、とお腹が抗議の声をあげる。
途端、思い出したようにやってくる空腹感。
そろそろ夕飯の時間かな、と面を上げた蒼の目に映ったのは、0時を過ぎた時計だった。
こつん、とシャーペンがルーズリーフを力なく叩く。
「夕飯食べそこねた……」
がっくりとうなだれる蒼のお腹が、もう一度小さく音を立てた。
たぶん、声をかけてもらったのに気づかなかったんだと思う。それだけ集中できていたということだし、だからこそ本番でも大丈夫と思えるくらいに勉強できたのだけれど。
それはそれとして、夕飯食べそこねたのは辛いところで。
そんな時、台所の方から紫がやってきた。
「あ、お姉ちゃん」
「ご飯温めたから、台所へきなさい」
どこか微笑ましそうな声音でそう言われると、お腹が空いている以上に、なんだか照れくさくなってしまう。
「ありがと、お姉ちゃん。……いただきます」
「いいのよ。だって蒼、とても集中してたものね」
食べ始めた蒼の向かいの椅子に、紫は腰をおろす。妹の食事を眺めながら、
「それで、成果はどう？」
「これなら本番でも大丈夫、かな」
「順調なのね。でも集中のしすぎで、身体を壊したりしないしようにね」
飲まず食わずで勉強して倒れてしまったら、元も子もないのだから。
静かに、けれど優しい声音で言われると、蒼は素直にうなずくばかり。
実際今日も、こうやって紫が気を回してくれていなかったら、ほんとに夕飯を食べそこねていたかもしれない。
そうなったら、流石に翌日にも響いてくるし。
姉には本当に感謝するより他ない。
なんてことを考える間に、夕飯は少しずつ空になっていく。お腹が空いていたことを改めて実感するくらい、よどみなく。
「おかわりいる？」
「あ、じゃあ……ちょっとだけ」
紫の言葉に、蒼は小さくうなずいて。
こうして、テスト目前の夜は更けていく。

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