せんせいといっしょ：泉先生編｜リアクション

せんせいといっしょ：泉先生編

　岩国家は、美術品の修復や文化発展の為に基金を作って色々な団体に援助をしている。その関係で招待状を貰った岩国ソワカは赤い瞳を細め、キャハッ、と笑う。
（大人の文化的暇潰し……スゴクイィ……♪）
　そんな事を考えながら見て回ると、作品の多くは寝子島の日常を題材にしている物である事に気づいた。その１つ１つはどれも面白く、興味深い。けれども今回の目的はただ１つ。『寝子島風土記』にある「落神図下絵」であった。この絵の公開を聞き、いてもたってもいられなくなって来たのが実の所である。
（話によると、この展示会が終わった後は研究の為木天蓼大学に移される筈。しばらくは見られませんからね）
　特別展示と題された場所に足を踏み入れれば、最初に光の筋を模した絵が目に入る。解説によるとこれが『降臨の図』らしい。それを中心に描かれる「落神」の物語にソワカは目を奪われ、近くに竜次が来た事にも気づかなかった。
　挨拶もそこそこに、２人は絵を見ながら静かに絵が書かれた時代と、この絵の技法から見える物等について話し始めた。
「この絵、日本画にしては珍しく人物の顔を『敢えて』描いてないんですよねえ。手とかで隠されたり、後ろを向いていたり」
「特に神の顔については、な。それだけ『隠さなくてはならない』事だったのか、別の理由があるのか、学会でも論議の種らしい。それと……」
　竜次が指差したのは、部分的に欠落した場所。保存状態の問題か、とソワカは思ったが、どうやら違うらしい。
「何が描かれていたのかは分からんが、意図的に『消された』絵もある。ま、研究が進めばわかるかもしれないな」
「そうですね……」
　描かれなかった顔と、消された絵。それが何を意味するのか、じっくり考察しようと思うソワカなのであった。
　因みに、いつになく真面目に教師と語らう彼女の姿を見た友人達は「明日は大雨がふるんじゃなかろうか？」なんて言い合っていた事を追記しておく。

「あっ……」
　一人で巡っていた葛城璃人は、担任である竜次の姿を見、会釈した。
　寝子島を題材とした絵や彫刻等を見ているうちに作者たちがどんな思いでこの作品を作ったのか、と考えながら歩いていた彼は、どこか沈んだ顔でそこにいた。
「どうした」
　不思議に思い問いかける竜次に、璃人は少し考え……「先生にならこの事を話しても……」と、少しずつ話し始めた。
　最近、璃人には将来の夢ができた。それはネットゲーム『キャットアイランド』内で親友と共に経営し始めた洋服店を現実で出店する、という物。叶えたい、と努力を重ねる一方、あくまで『ゲームの中での店を現実で』というのは夢と現実の区別がついていない子供じみた夢だと、周囲から見られるのではないか、という不安があった。それが、二の足を踏ませている。
　このまま夢に向かって突き進んでいいのか、悩んでいると告げれば竜次は真面目に、それでいて楽しげに璃人の言葉を聞く。そして、ぽつり、と問いかけた。
「その夢は、人の目ごときに屈するような物なのか？」
「えっ？」
　不意に、璃人の目が見開かれた。そして、すぐに『違う』と言いたくなった。ゲームの中とはいえ、服のデザインは璃人自身が持てる技術、力を注いだ物だし、店の内装も旧市街に仕立屋を構える祖父母の店を参考にしていたりと心血を注いでいる。
（単純に、ゲームの中の事とは言い切れない、大切な物）
　そう、ハッキリと意識した時、『現実に出来たらいいな』と思っていた事が、『現実にしたい』という風に、少しずつ動き出そうとする。
「そうじゃ、ないんだろ？　だったら、答えは既に『ある』さ」
　竜次の口元が、僅かに綻ぶ。その鋭い目に宿った言葉を、璃人はなんとなく感じ、漸く愛らしい笑顔を見せる。
「それでいい、葛城」
　そう言うと、竜次は帽子をかぶり直し、１つ頷いてその場を後にした。

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