「ムッシュくん、いやムシュ子さん、これ暇をもてあました神々のネコミケだよねー」
「いや、それよりも何で女装なんだ？」

　どこか楽し気に言う響 タルトとわけが解らないと言う風に首を傾げている鎌八 まもる。
　神様の気紛れのような何かに同じように付き合わされる事となった二人だが、その様子はまるで違う。性格の違いが現れていると言える。

　二人のコスプレと言えばどうやらイリュージョニストとそのアシスタントといった風体だ。
　まず、イリュージョニストであるタルトの恰好と言えばそれらしい黒のジャケットにゴシック風なミニスカート。リボン等の装飾もイリュージョニスト風である。そして、頭にはシルクハットではなく白の猫耳が乗せられていた。
　次にアシスタントであるまもるは何故か女装である。しかも、何故かバニーガール風である。網タイツに覆われた脚が無駄に魅力的であったりするのは何故だろうか？

「まぁまぁ。ここはひとつ楽しませてあげなきゃ♪」
「アシスタントはいいが俺が女装する必要ないような……。まいいか」

　イリュージョニスト御用達しのステッキを回しながら言うタルトだが、まもるはやはり若干納得がいかないようでいて、割と軽く流してしまう。
　そして、二人が移動した先では完全に満員となっている観客席と様々な道具やお手伝いと思わしき女性達がいた。

「よーし、イリュージョン、人体切断マジックいくよ！　大丈夫さくっといってみよー」
「人体切断？　この箱の中にオレが入ってノコギリでまっ二つ？!」
「うんうん。イリュージョンと言えばまずはこれでしょ！」
「凄いな。タネ知ってるんだ？」
「失敗してもご愛嬌だよ☆」
「え、もしかして知らないの？　で、それでもやろうとしてんだ？」

　人体切断マジック。マジックを良く知らない人でもこれは聞いた事くらいはあるのではないかと言う程有名なものだが、勿論ちゃんと仕掛けは存在する。けして、本当に真っ二つにするわけではない。
　だが、どうやらタルトはその仕掛けや種を良く知らないでやろうとしているらしい。
　マジックをする側であるタルトは失敗してもご愛嬌で済むかもしれないが、される側であるまもるはそうはいかない。冷たい汗が頬を流れるのも当然である。

「ほら、ムッシュくんはいざとなれば蜘蛛になれるじゃん」
「いや、だったらほら。切っちまうよりもヤリで突いていくとかのが良いんじゃないか？」
「ムシュ子さんは切られるより串刺しが好みかー」

　それならばまだ何とか頑張れば避けれるような気がするとまもるは考えたのだ。どの道、箱の中で死ぬ気で避けなければならないのは変わらないが。
　だが、こうなったら破れかぶれだとまもるは覚悟を決めて箱の中に入る。

「それでは人体切断マジック改め人体突刺しマジック、いきまーす！」
「あー、嬉しそうにヤリで突いてくるなー……」

　手に大きな針のような槍を持ち、片手を上げて宣言するタルト。
　そして、始まる箱への突刺し。見事なまでにリズミカルにえいえいと言いながら突刺していく。とても楽しそうである。

　一方のまもると言えば箱の中でろっこんを使用し、蜘蛛になって突き刺さる槍を頑張って避けていた。
　避けているのだが、あまりにもタルトの様子が楽しそうである為にこれは殺す気満々なのでは？　と思っていた。
　そして、まもるの身体を掠る槍。思わずいたっと言ってしまうのであった。

「おやおやぁ？　今、いたって聞こえました？　でもですねぇ、実はこれ演技なんですよ。うわあ、ムシュ子さん演技派ですねぇ。ほんとに痛いみたいでしょ？」

　そんな事を宣いながらもリズミカルに箱を突き刺すのは止めないタルト。正確に言えば、彼女は本当に今の発言がまもるの演技だと思っているのだ。

「さぁ、それでは箱をオープンしてみましょう！　果たして中のムシュ子さんはどうなっているのか！」

　ドラムロールが鳴り響く中、箱がパカッと軽い音を立てて開く。
　すると、中からはろっこんを解除した無傷のまもるが現れる。両手を広げて出てくる様はバニーガールという恰好も相まって似合っている。

「よーし、次は水中脱出はどう？」
「ふむ、水中脱出ね。なら、次はにゃんこたんの出番だ」
「え？　ああそうか、僕の方が適任か。……折角の見せ場だし代わってあげようか？　え、だめ？」

　見事な人体切断マジック改め人体突刺しマジックを決めた二人は、寄り添って次のマジックについて小声で会話をする。
　次に行うのはどうやら水中脱出マジックのようだ。これまた代表的なマジックの一つと言えるだろう。

　さて、今回の場合、たっぷり水が入った水槽の中で手錠や足枷をして、更にはそれらを水槽と固定した状態にしたところから脱出するというマジックになる。
　その為、ろっこんの能力的に向いているのはタルトという事になるので、まもるの発言は正しいと言える。
　それでもまもるに押し付けようとするタルトだが、まもるは無言で首を振って拒否をしていた。

「はいはい。ほら、手錠や足枷を着けるよ。それで、それらに縄をつけてと。はい、これで自分ではもう動けませーん」
「ちょっと、動けないと思って何してるの」

　観客に今のタルトの状況が解るように見せるまもる。だが、ちゃっかり彼はタルトのポニテの匂いを嗅ぎ放題とばかりに堪能していた。そう、まもるはポニテがとても大好きなのだ。
　それに思わず抗議するのは嗅がれているタルトだが、既に手足が固定されている彼女には抗議する以外の事は出来なかった。とは言えども、仕方ないなぁと言う笑みを浮かべている辺り、本当に拒否しているというわけではのかもしれない。

「はいじゃあ、にゃんこたんは中に入ってね」
「はーい」
「それでは今から水を入れます。そして、一杯になったところでスタート開始。脱出出来なければ哀れ彼女は星になる運命です」

　今はまだ水が入っていない水槽の中へとタルトが入ると中へ水が注入され始める。
　そして、タルトが完全に水の中へと浸かった段階でスタートとばかりに黒幕が水槽に被さった。

　後は簡単なもので、即座にタルトがろっこんを発動させて観客から見えない裏側から脱出し、そこで待っていたまもるが乾かすだけである。その間の賑やかしはお手伝いさん達にお任せだ。
　脱出してきた猫タルトを早速タオルとドライヤーで乾かしていくまもる。この舞台ではかなりの大きさでBGMが流れている為にドライヤーの音もかき消されるのだ。
　だが、やはりまもるはまもるであった。真面目に乾かしているようで、髪を丹念に乾かしていた。

「髪はもういいから、他のとこ乾かしてよー」
「はいはい、もう全部乾いたかな」

　大体乾いたところで、まもるは再び前側へと移動し、タルトは天井の方へと移動する。

「さて、時間です！　箱の中を見てみましょう！」

　そうまもるが告げると同時にお手伝いさん達が水槽にかかっている黒幕を取ってみればそこには勿論タルトはいない。

「中には水しかありません。では彼女はどこに？」

　そして、再びのドラムロール。幾つものスポットライトがタルトを探すように右往左往とする。

「いました、あそこです！」

　まもるが指差すのは天井から降りてくるゴンドラ。そこには大きく手を広げているタルトがいた。
　それを見た瞬間、観客席からは万雷の拍手が湧き起った。このマジックショーの成否がどうだったか。この拍手だけで解るというものだ。

「華麗なイリュージョニストのリサウンド☆タルト嬢に今一度大きな拍手を！」