Father's Day がやってくる｜リアクション

Father's Day がやってくる

○コンサートの夜

　都内の赤坂にあるコンサートホールのステージ。
　ヴァイオリニストの深林真瞭は、ピアニストの父恭一郎と共演していました。
　演目はシューベルトの「ヴァイオリンとピアノのための幻想曲」やベートーヴェン「バイオリンソナタ第５番『春』」など。
　国際的な名声を博すこの親子がこうしてコンサートを行うのは極めて稀で、会場は大入り満員でした。
　喝采と共に無事コンサートが終わり、挨拶を済ませて楽屋で服を着替え終えると、やはり既に服を着替え終えたばかりの父と合流しました。
「お疲れ様」
　
　コンサート会場からそれほど離れていない、静かなバーのカウンターで。
「うまく弾けていたかしら」
「ああ」
　二人は、静かにカクテルを傾けながらいろいろな話をしました。
　いえ、真瞭は話したいことはたくさんあったのですが。
　自分の所属する楽団の惨状や、移籍話についてはあえて話しませんでした。
　恐らく、父も知ってはいるでしょうけれども。
　それ以上に話せなかったのは、父も知っている親友との件でした。
　最高の友人、最高の理解者である彼女を、傷つけてしまったこと。
「悩み事があるなら、話してくれよ。こないだの件は……」　
　不意に父に言われ、真瞭は言葉に詰まりました。
「父さん、あんまりお酒飲みすぎちゃダメ」　
「そんなに飲んでない。むしろおまえのほうが……」
　突っ込みに反論しようとする父でしたが、真瞭の表情を見て言葉を飲み込みました。
「……父さん、父の日なのに、私の愚痴ばかり聞かせてごめん……」
　そう言って酔いつぶれる真瞭。
　長い黒髪が、カウンターに広がりました。
「……いいんだ、それも父親の役目だろう？」
　優しい声色を音楽のように聴きながら、優しい瞳に見守られて。
　真瞭はこのひとときだけ、忘れられないとしても悩みから解き放たれていたいと願いました。

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