仮のちぎりを　いかで結ばん｜リアクション

仮のちぎりを　いかで結ばん

　翌日は、朝から用務員室がにぎやかだった。誰もいないはずの用務員室からは少女の声がする。
「おおう、これはこれは……この子が妖怪トレペちぎりだったんだねー！」
赤い瞳を輝かせて用務員室のバケツの前に立つ三ヶ島葵。この場所に彼女を至らせたものは、誰よりも強い好奇心だった。島に怪異は数あれど、その正体が後々まで残る事例は多くない。
「水が出続けるカラス……なかなかおもしろいねー！」
目の前に実在する『元妖怪』に葵の興奮は醒めることがない。
「どぅれどれー。ちょっとお姉さんに撮影させてくれるかなー？」
カメラを手に、ずずいとちぎりににじり寄る。見慣れない人間の姿と、彼女から発せられるただならぬ気配を感じ取ったちぎりは、くあ、くあと警戒鳴きを始めた。
「ふふふ。私は猛禽扱いかなー？　心外だねー」
そう言いながらも、葵は実に楽しそうだ。歌うようにはい撮りまーす、と声をかけ撮影する。それは痛くもなんともないと知り、ちぎりはじきに鳴くのをやめた。これ幸いと葵は、幼年の特徴が強いちぎりの頭、タオルに巻かれた濡れた羽、バケツに収められた姿を撮影していく。
「そうそう、これもぜひ試しておきたかったんだよー！」
上機嫌な葵の顔にほんの少しだけ、残酷な色が浮かぶ。
「ちぎりくん、痛くはないからねー。ちょっとした実験なんだよー！」
ちぎりの左右のタオルを取り去ると、デジタルカメラに持ち替え、ファインダーに収める。先ほどと変わりのない光景だったが、シャッター音がするたびに、ちぎりの首がしおれた花のようにうなだれていく。葵のろっこん『Wucht Jagd』が、少しずつ体力を奪っているのだった。
「このぐらいにしておこっかー。ちょっと失礼ー」
ちぎりは嫌がるように首を振るが、葵を防ぐことはできない。ぐったりと白い手に首を預ける形になった。葵はちぎりを持ち上げ、隣にあった別なバケツに移し変えるとその様子をじっと観察した。
「ふーむ。弱ると水の勢いも弱まるんだねー……」
確認したところでタオルを絞り、それらしい形に巻きなおす。ちぎりを元のバケツに戻して、足早に部屋を出た。
「次は調べものかねー！　こんなおもしろいネタ、めったにないよー。くふふ……」
実に楽しい一日になりそうだ。

　その少し後に入室してきたのは雨崎荒太郎だった。同じクラスの『情報通』、まさに先ほどまで部屋にいた葵に「妖怪の正体が用務員室にいる」と教えられてやってきた次第である。猫鳴館の仲間である大田原いいなも一緒に来ている。
「ほぇ～。この子が噂のちぎり？　かわいいー！」
ろっこんの性質から鳥には縁が深く、カラスには多少の恩義も感じている荒太郎は、澄んだ青い目の幼鳥に無邪気に駆け寄り、なで始める。
「うーん。かわいいなぁ。でも話に聞いたとおり、水がひどいねー。まず、動物病院で見てもらおうのはどうだろ？　話してわかってくれそうな先生が、旧市街にいるらしいんだー」
カラスに夢中だった荒太郎は、ふと、いいながだんまりのままであると気づく。
「いいなさん？」
いいなは、厳しい顔をしてカラスをじっと見つめていた。
「ど、どしたの？　いいなさん？」
「……悪いが用ができた。すまぬな」
いいなはきびすを返して部屋から出て行く。
「ちょ、ちょっと！　何かあった？　どしたのー!?　俺が悪いのー!?」
慌てる荒太郎の声を背後に聞きながら、いいなは思いつめたようにつぶやく。
「あやつをあのままにはしておけん。早く、手を打たなければ……」

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