仮のちぎりを　いかで結ばん｜リアクション

仮のちぎりを　いかで結ばん

　逆巻天野の声でその場にいた全員が集まる。出来上がったばかりの魔法陣の周りに、まるで陣をなす柱のようにもれいびたちが立つ形となった。
「改めて簡単に説明する。俺の『分解』で水を酸素と水素へと分解できるかどうか、試す。その直後に、逆巻がこの陣の中で『裏切りテリトリー』を発動させ、ちぎりの神魂を対象に、その効果を逆転させる。俺のろっこんは生物には効かない。それを利用する。ちぎりの体には影響を与えないはずだ」
取り除けないのなら、効果を変えてしまえばよいという八神修の案。成功の可能性は未知数だ。
自分を信じ、奮い立たせる。陣の中で待つ天野の元へ、修は進む。その手には包帯を解いたちぎりが抱かれている。緋紅朱赫乃の力で傷は癒えてはいるが、羽毛を半分失った姿はいびつで哀れを誘う。
「始めよう」
「ああ」
　修は濡れて垂れ下がった黒い翼に手を伸ばす。目を閉じ、今からなすことだけに集中する。息を吸い込み切ったところで、止め、翼の触れる指先、その先を感じ取ろうとする。

「うまく行けば、なんとなく理科の実験くさい臭いがしそうですねー」
三ヶ島葵がカメラのファインダー越しにつぶやく。彼女は外で、その様子を撮影しているのだった。

陣を取り巻く者たちは、成功を祈って中心にいる二人を見守る。
修は呼吸を止め、誰の助けも借りられない一人の世界で挑戦を続ける、天野もそれをじっと見つめていた。瞬きもせず、目をそらすことは決してない。たちまち目がひりひりし始めたが、そんなことに構ってはいわれなかった。
（止まって。……どうか、止まって！）
陣が淡い光を放つ。天野の『裏切りテリトリー』が発動し、水の『出現』を『消失』へと反転させようと試みる。
（断水でも渇水でも何でもいい！　止まってくれ！）
みんなが固唾をのんで見守る中、水は……止まらなかった。分解もされることはない。押さえのない羽毛の表面からは水はたちまちあふれ、流れ落ちて、陣を崩す。ちぎりは半分になった翼で羽ばたき、修の手から飛び降りた。

「ごほっ、ごほ……」
（なぜだ。分子や原子レベルでの分解はさすがにできない……のか……？）
修がむせながら呼吸をしようとする横で、天野はがくりと膝をつく。気味の悪い汗がどっと流れ出した。
（だめ……だったのか……僕は……）
天野のろっこんの力では、水が流れ出すだけ、という『現象』を反転することはできなかった。視界の横には、さすがに元素分解までには力が至らないと言うことを知った修が、息も荒く立っていた。自分も苦しいはずなのに、座り込んだ天野に手を貸した。天野は差し伸べられた手をつかみ、やっとの思いで立ち上がる。
「よくやったよ。逆巻」
「うん。……ごめん、みんな」
「謝ることなんてない。俺の『分解』も思ったようには行かなかったが……まだ方法はあるはずだ」
「そうだよ、逆巻くんにばかり任せてごめんね」
「まだ時間はあるから、いろいろ試しましょう」
天野を包んだのは仲間たちの勇気をくれる言葉。
「そうだね。ありがとう、みんな。ありがとう……シュウ」
ああ、気にするな……と答えてしばらくの間。呼ばれた名にようやく気づいて……八神の目が白黒とする。
その温かい光景を目にしつつ、心の中で黄色い声で絶叫している少女がいた。
（うおお！　なんだかとても美しいものを見ている……気がする！　あたしには入る隙のない、男同士の友情ってやつ!?　って、何言ってんだ！　落ち着かなきゃ！）
乙女・猫村翡翠。心の中だけは、自由にさせてやってほしい。

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