仮のちぎりを　いかで結ばん｜リアクション

仮のちぎりを　いかで結ばん

　思い立った桜庭円の行動は早かった。ちぎり入りバケツを持ったまま走り回って武治を探し、日光浴だと笑顔で言えば、武治も断らないわけで――結果今、弘明寺能美子と円、そしてちぎりは学校裏の道を登っている。
「ま、待って……桜庭さん……どうしてここにお散歩なの？」
フットワークの軽い円をよろよろと追いながら、能美子はやっとの思いで尋ねる。
「ん？　勘かなあ。この子、山の子だと思うんだよね」
「か、かん……」
能美子はがくりとうなだれる。勘で行動できるそのパワーがうらやましくもあり、途方もなく無謀にも思えた。
「あ、でもね。羽があんなじゃあまり移動できないでしょ。だから近場の山から来たかなって思ったの」
「なるほどね……」
いつの間にか二人は道を外れ、森の入り口付近に来ていた。眼下には寝子高と街が見下ろせる。
「この辺じゃないかなぁ……能美子ちゃん、ちぎりちゃん持ってて」
バケツを能美子に手渡すと、円はよいしょっ、と言う掛け声とともに手近な木を昇り始めた。能美子の静止の声も間に合わず、円は緑の中に消えて行く。
「ちょ、ちょっと、桜庭さん！」
「ぼくなら平気！　ちょっと上を見てくるね」
『ブレイブハート』の力に守られているのかは定かではないが、幸いにして円が落ちることはなかった。バケツを抱えた能美子がはらはらしながら見守る中、昇った木とは違う木から円は降りてきた。
「ああもう、桜庭さん！　心配……したわ……」
自分のせりふに恥ずかしくなって最後の言葉は消え入りそうに小さい。木の葉をあちこちにくっつけて戻ってきた円に、ちぎりはクァ、と鳴いた。円は降りた木のそばに能美子を呼び寄せる。
「能美子ちゃん。これ、何だと思う？」
「落ちた……鳥の、巣？」
「カラスの巣、だと思うんだ。上にもちょっと、残ってた」
地面に落ち、ばらばらになった巣。木の枝だけでなく、ワイヤーやビニルテープといった人工物が使われている。
（ひょっとして、これに触れれば、何かわかるの？）
「能美子ちゃん。お願い」
円の請う声。自分の心はもう決まっていた。壊れ、風化しかけている巣にそっと触れ、目を閉じる。

闇の中、木々を縫って不気味に歌う強い風。吹き付ける風になぎ払われて、二羽の雛の住む巣が落ちる。母鳥が鳴き、周りを飛びまわるが、雛を救うことはできなかった。一羽は巣から放り出され、地面に叩きつけられた。もう動かない。運に守られたもう一羽は立ち上がる。そのままよろよろと風に押されながら、物影に身を隠そうとしている。
（あなた、誰なの？　まさか――）
何か重いものが降る音がして、ぱきり、と巣を砕く。それきり過去は見えなくなった。

「どうだった？」
目を開けると、心配そうな顔の円。『役立たずの逆さ時計』の見せたものは、不明瞭な手がかりだった。