『らっ！』を探しだせ！！｜リアクション

『らっ！』を探しだせ！！

　ミラや他の者達と別れ、桜花寮にある自室へと走り戻っている最中なのは羽生碧南。
（まったくもって意味不明よね）
　本当ならばもう少し走り込みをしたい所だったが、今日は早々に切り上げた。
　信号を待つ間も足踏みをしながら『ら』に思いを馳せる碧南だが、信号待ちをしていた女性たちの会話が耳へと入り。
「ねぇねぇ、『６月は恋雨の日々』誰攻略した？」
「えー、私初回は独り身エンドだったよー」
「うっわ、それ八方美人になりすぎたやつでしょー」
　女性二人組の言葉に碧南は勢い良く顔を向けた。
（やっぱり皆ハマってるのね、『６月は恋雨の日々』…！）
　碧南の視線に気づかず、女性二人はキャイキャイと語り合う。
（うぅ……私も語りたい……！）
　話に加わりたい気持ちを必死に押さえる碧南。信号が青へと変わった。
（早く、嶺也に会いたい……！！）
　愛しい人の顔を思い浮かべながら、碧南は更にスピードを上げた。

　説明しよう。
　『６月は恋雨の日々』とは今、碧南がハマりにハマりまくっている乙女ゲーである。
（あぁ、嶺也……）
　自室に戻り、ランニングでかいた汗を流すためにシャワーを浴びる碧南。
　シャワーを浴びていても、Ｔシャツと短パンに着替えても。
　頭に浮かぶのは嶺也の眼差し。
　既に８人いる攻略対象のうち４人は攻略済み。
　その４人のルートもそれはそれはトキメキハンパないストーリィだった。好みの絵柄、そしてその絵にピッタリな声。
　そして今の季節にピッタリな物語は碧南の妄想と現実の境目を失くすには十分で。
（あのワイルド系パン職人の桐谷嶺也が、私だけにパンの試食を勧めてくれるのよね……！）
　ワイルド系でありながら、少しだけ緊張した面持ちで碧南にパンを手渡す嶺也。
（あのライ麦パン、本当に美味しそうなのよね……！）
　ふふ、と碧南が目を細める……と、次の瞬間、目を見開いた。
「ライ麦パン！！！！」
　思わず声が出た。
　忘れていた。とてもとても忘れていた。
　そう、『ら』を探さねばならない。そして答えは今此処に現れた。
「ありがとう嶺也！！」
　『６月は恋雨の日々』の初回限定特典、キャラクターイラスト集の表紙の桐谷嶺也に碧南はそっと唇を寄せてから、碧南は自室を飛び出すのだった。

　旅鴉月詠は、公園から星ヶ丘寮の自宅へと戻ってきていた。
（何がどういう理由で地球の危機を救うことになるのかわからないが……まぁ、選択肢は多い方がよいだろう）
　そう言いながら月詠は
（芸術的にぱっと思いつくのはこれだな）
　月詠がスッと手にしたのは、ラッカースプレー。
　様々な色のラッカースプレーをテーブルへと並べてから、腕を組み。
（後は……）
　ぐるぅり、と己の部屋を一瞥し。
（ライト）
　手持ちのライトを掴み、ラッカースプレーの隣へ並べる。
（ライターに、ランプシェードもあるな）
　それらをテーブルへ並べ、次に目を付けたのはランタン。
（星ヶ丘寮の寮祭の時も飾ったな）
　薄暗さを演出するために照明をランタンに変えたあの時を思い出しながら。その一つを並べた。
（見事に光るものばかりだな）
　ふむ、と頷きながら月詠はおもむろにスケッチブックを取り出した。
　真っ白なページに、表情を変えぬまま月詠みは筆を走らせていく。
（……よし）
　その絵の出来に満足し、月詠は大きく頷いた。
　そして月詠のろっこん『絵空事』により、テーブルに置かれたラッカースプレーやライター達はひゅるん、と月詠の絵に吸い込まれていくのだった。
　満足げに口角を上げ。
（よし、そろそろ出かけよう）
　クローゼットへと月詠は進んだ。
　迷いなく服を掴み、その小柄ながらも豊満なバディがその服を纏う。
　そして更に迷いなくカバンを掴み、そのカバンへ絵を仕舞う。
（あとはマーケットに行けば『ら』のつく食べ物もあるだろう）
　キリリとした表情と共に、月詠は自室を颯爽と後にした。

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