普段とは違う一日｜リアクション

普段とは違う一日

「ふぅ……」

　憂鬱そうなため息を吐き葉利沢倫理子は当てもなく街をぶらつく。
　本来であれば今日は週一回のカウンセリングの日であるのだが、どうにも行く気になれずにすっぽかしてしまったのだ。

　ふと倫理子が気付くと、そこはシーサイドタウンの駅前にあるmiaoの近く。
　すると、ぽたりと倫理子の細い首筋に冷たい雫が落ちた。いや、それだけではない。ぽつぽつと幾つもの雫が倫理子や周囲の人々、それに地面を濡らし始める。どうやら雨が降って来たようだ。

　生憎と傘の用意をしていなかった倫理子は慌てて近くの建物――miaoの中へと雨宿りの為に入った。
　暫くすれば雨が止むかもしれない。とりあえずはこの中で時間を潰そう。そう考えた倫理子だったが、まるでそれをさせまいとするかのように突然聞き覚えのある女性の声が頭の中に響く。そう。Maliceの声だ。

『ねえ。あなたの身体を少し借りるわ』

　制止するどころか何か声を出す間すらない。あっという間に倫理子の意識は闇に飲まれる。果たして抗おうとしたのかすら怪しい。
　立ち止まったまま目を閉じている倫理子。しかし、次に目を開けた時にはその様子は一変していた。

　先程まであった憂鬱に沈み切った表情をしていたと言うのに、まるでそれが幻想であったかのようだ。今やさりげない自信が微かに滲む淡い笑みを自然に浮かべていた。
　首筋にかかる黒髪を払うと同時に歩みだす＜彼女＞。その歩みは表情同様に自信に満ち溢れている。胸を張った凛とした姿は女帝のようですらある。
　本来の輝きは取り戻したかのような美貌に、当然人の目は引かれるがそれを＜彼女＞が気にする事はない。悠然と無視してmiaoの店内を歩く。

　そうして、miaoの中で幾つかの買い物を済ませた＜彼女＞はある店の前で足を止めた。＜彼女＞の目には飾られている水着が見えていた。
　一つ頷くとその店の中へと足を進める。

「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか？」
「ええ。水着をちょっとね」

　店の中に入ると直ぐに＜彼女＞は店員に話しかけれたが、それを悠然とした人を魅了する笑みを浮かべて受け流した。
　そして、気になった物を何着か選ぶと試着を行う。いずれも大人っぽく際どさが感じられる水着だ。エスニック柄と白いトライアングルビキニと、黒のアダルティなワンピース。
　
　倫理子の身体は全体的に細いが、手足はスラッとしており＜彼女＞が選んだ水着も似合っている。ただ、ブラとショーツのどちらも攻めた際どさなので＜彼女＞でなければ選ぶ事はないだろうが。
　しかし、今の＜彼女＞であれば問題はない。自信に満ち溢れた＜彼女＞はそれを完璧に着こなしており問題なしと見たのかそれらを購入して行った。

「……ここ、は？」

　覚醒。倫理子の意識が戻る。彼女が目を開ければ、そこは桜花寮の自室だ。
　身体を起こした倫理子が辺りを見回せばそこには＜彼女＞が買ったと思われる買い物の数々が。その中の一つを手に取ってみると中には水着が入っていた。

「Malice……あなたはどこまで意地悪なの？」

　とてもではないが倫理子自身では着れない水着を見て困惑するものの直ぐに悟る。
　そう。倫理子ではとてもではないがこんな水着は着れない。なのに、何故こんな物を買ったのか。
　それはこの水着を着て自らが海かプールに行くという宣言だ。宣戦布告といっても良いかもしれない。
　＜彼女＞が倫理子の意識を奪いに来る日。その日はもう近いのかもしれない。

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