【星幽塔】第一階層　夢のマイホームを解放せよ！｜リアクション

【星幽塔】第一階層　夢のマイホームを解放せよ！

◆エントランス/2
夏朝の周囲が、不意に薄暗くなる。
いつの間にか、陰日向の境目を越えていたらしい。後ろには、エントランスの壁がすぐそこまで迫っていた。
眼の前には、三叉槍を振りかざす一本角。その向こうには、空中戦を演じるリリエルと二本角の姿がある。呼びかけても、すぐに応じることはできない程度の距離。
それはつまり、充分に引き離すことができたということだ。
夏朝を乗せた橙白猫が、唸り声をあげて旋転する。
三叉槍の穂先が橙白猫の翼を掠め、ふわふわの毛がはらりはらりと宙を舞う。
「ごめんね、猫さん……！」
自分の身体を切り裂かれたかのように、顔を歪める夏朝。
猫自身は、さして気にした風もなく。旋転の勢いのまま、槍の柄の下へ潜り込むようにガーゴイルへと肉薄する。
一本角が、宙空でステップを刻む。
一歩分――否、一飛翔分、体ごと引いた槍を、縦に払う。
夏朝の背筋に、冷たい汗が溢れた。これは、猫をアゴから貫く一撃だ。
「猫さん！」
よけて、と。
夏朝が叫ぶその前に、鈍く硬い音が響き渡る。それから、思わず身体がすくむような鈍くて重たい音が一つ、さらに続けてもう一つ。
絨毯の上の埃が舞い上がり、クレーターみたいな模様を描く。
その中心にあるのは、野球ボール大の砲丸が一つに、鋭く尖った石が三つ。
一本角の身体は、少し後ずさっていて。その手に握られた三叉槍は、穂先が中ほどで全部折れてしまっていた。
鋭く、短く、新田亮が息をつく。
「恵御納、大丈夫か」
「うん！　ありがとう、新田君」
「礼を言うのは俺の方だ。おかげで、ヤツの動きを見切ることができた」
小手に巻き付いた腕輪を勢いよく引けば、それは長くしなやかな生糸へと姿を変えた。
鞭のようにしなるソレは、大毒蛾の糸――剛糸輪。
折れた得物を見、砂利をこすりあわせたような声をあげるガーゴイル。その左足に、風を裂く音とともに糸が絡みつく。
息を止め、《鬼人の体》を、さらに『闘士の光』を発動。
低く低く腰を落とし、絨毯を踏みしめ、力の限りに糸を引く。
その手応えは、
（これは――）
――重い。
亮の額に、脂汗が浮かぶ。
足を絡めとられたまま、ガーゴイルは強く強く羽ばたいた。引きずり降ろそうとする亮を、むしろ宙へ吊り上げかねない勢いで。
ぐん、と糸が引かれる感覚に、亮は奥歯を噛みしめ堪える。
あと一瞬、踏ん張ればいい。
亮に気を取られた一本角の背後に、夏朝と橙白猫が回り込んでいるから。
夏朝が、《重く軽く》の進化能力を発動。
ガーゴイルが気づいた時には、もう遅い。
銃弾のように射出されたねこシールは、既に一本角の翼にぺたりと張り付いていた。
石造りの厳つい体に貼り付けられた、可愛らしいねこシール。
あまりにも不似合いで、その似合わなさがそのまま転じたような”重さ”が、ガーゴイルに襲いかかった。
声を上げるまもなく、絨毯の上へと落下。
腹の底に響くような振動がエントランスに広がり、埃が爆風のように舞い上がった。